公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

「メタセシス」ノーベル化学賞を考える
柴﨑 正勝


 2005年のノーベル化学賞にメタセシス研究が選ばれた。この快挙は,本誌の読者全員が知っているはずである。2001年のノーベル化学賞に続いて「catalysis」分野に光があてられたことは誠に喜ばしい。メタセシスがノーベル化学賞に値する画期的反応であることに異論を唱える人はいないであろう。低分子の合成から高分子の合成に至るまでその方法論に革新をもたらし,さらに「generality」が高い点が極めて高い評価を受けている理由と思われる。また,catalysisの点から考えても非常に高いレベルの「科学性」を有していることもこれほど早くノーベル化学賞に輝いた大きな要因のひとつであろう。本分野で重要な貢献をしたY.ショパン博士,R. H. グラブス博士およびR. R. シュロック博士に心からの祝意を表したい。

 最大限の評価をし,かつ筆者らも積極的に活用しているメタセシスであるが,以前から感じている筆者のメタセシス論を述べさせて頂き,本誌読者の方々への問題提起をしてみたい。メタセシスが有機合成化学者の間で話題になり始めたのは,筆者が北大に在職中の今から20年前の頃だと記憶している。筆者の最初の印象は,極めて興味深い反応であるが炭素-炭素結合の開裂を含む反応であり,有機合成の合理性に欠ける反応ではないかというものであった。その印象はかなり長く続いていたと思われるが,様々な骨格の非常に効果的な合成法への展開さらには「cross metathesis」の素晴らしさを論文で見るにつれ,いつしか筆者の頭の中から合理性という疑問が消えてしまったように思う。メタセシスがノーベル賞に輝いた今,もう一度本反応と21世紀に我々有機化学者が達成しなければならない究極的な有機合成反応の差について考えてみたい。確かにメタセシスは素晴らしい。しかし,究極的な有機合成反応との差は歴然としているように思える。その決定的な差は炭素-炭素結合生成反応に炭素と炭素の開裂が必須であるという事実である。我々のような生命体の中では様々な有機化学反応が連続して進行し,目的とする分子を構築している。生体内反応は,ある意味現時点では最も合理的で究極的な反応と位置付けることができる。それらの生体内反応に炭素と炭素の開裂を伴う炭素-炭素結合生成反応がどれほどあるだろうか。本事実はメタセシスが大変素晴らしい反応ではあるが,究極的な反応ではないことを意味しているように思える。21世紀の有機合成反応を考えるとき,メタセシスによって構築している炭素-炭素二重結合を共生成物・オレフィンなしに達成しうる触媒反応の開発が重要であることがご理解いただけるであろう。どのような戦略が考えられうるのか,この場では議論するつもりはないが,将来を担う若き研究者達への問題提起としたい。共生成物を出さず,かつ溶媒も使用せず,反応系には目的生成物と再利用が極めて容易な触媒のみが存在するという開発を目指そうではないか。生命体内の反応では多くの場合共生生物は存在するが,すべて再度有効利用されている。この点から考えると,我々が目指す反応は生体内反応を凌駕しなければならないとも言える。この困難を克服するエネルギーは,数多くの有機化学者達が20世紀の有機合成の発展のために注いだエネルギーよりも遥かに大きなものであることは論を侯たないであろう。

 究極的な有機化学反応を議論したこの機会に,21世紀に目指すべき標的物質の究極的な有機合成について考えてみたい。筆者の持論は“タキソール様の分子を地球環境に負の効果をもたらすことなくトンスケールで合成することができれば,有機合成は人類にとってほぼ100%の成熟度に達したと言えるのではないが”,である。

 このために有機合成化学者は最大限の努力を続けるべきである。一見すると地味な研究分野であるが,幅広い科学の中心にも位置付けられうる分野であり,若き研究者達の情熱に期待したい。今後は,「material science」や「chemical biology」の分野に進出を希望する研究者達が多いかもしれない。それぞれの分野に進出した研究者集団が「有機化学」という共通語を基盤に刺激し合い,また認め合いながら,幅広い有機化学の発展を期待している。

(2005年12月26日受理)
ページ更新日
2011年11月7日