公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

生命現象を制御する活性小分子
山村 庄亮


 1953年,WatsonとCrickによる短い論文がNature誌上に掲載された。それから半世紀,分子生物学の進歩は目覚ましく,2003年には,ヒトの完全なゲノム配列が決定された。さらに,進行中のものを含めると800を超す生物種の完全ゲノム配列が解明されるという。次は,すべての遺伝情報を含むゲノム配列やその転写・翻訳された機能タンパク質に基づいて生命現象を理解することである(ゲノミクス,プロテオミクス)。後者について言えば,多種多様なタンパク質をすべて知ることは不可能に近いが,それでも新技術・新手法の開発により既知だけでなく,未知タンパク質の三次元構造も次々と明らかになりつつある。我々の関心事のひとつはこれが創薬につながるかであるが,標的タンパク質のゆらぎとか活性小分子自体の種々な性質および標的タンパク質との相互作用,それが引き金となってタンパク質-タンパク質間の相互作用等それぞれについて解決すべき課題も多い。幅広い視点から,活性小分子を自由にデザインできる特徴を活かした有機合成の果たすべき役割は極めて大きい。

 他方,生物活性を指標にして新規骨格を持つ天然物を探し,それを基にして優れた誘導体や類縁体の合成を行う。これは従来とられた方法であり,確かに膨大なエネルギーと時間を要してきた。それだからといって,ギブアップすることはない。自然は,依然として人知の及ばないシー ズを与え続けている。以前,筆者は本誌(1991年,8月号)の巻頭言で,“天然物化学における有機合成”と題して寄稿した。その最後の1節は,天然物化学における有機合成は生物機能解明のための出発点でなくてはならない,ということである。

 2005年,懸案であったオーキシンおよびジベレリンのレセプターがそれぞれ見つかり,植物科学の分野で大変注目を集めている。筆者らの研究とかかわるオーキシンレセプターについていえば,このレセプターとオーキシン結合タンパク質ABP lとの関連性,オーキシンと他の植物ホルモンとの相互作用,オーキシンの多彩な生理活性等に関する未解決な問題は多い。分子レベルでの個々の理解と生物現象の間には大きな隔たりがある。

 植物の芽生えに一方向から青色光を当てると,光源の方へ屈曲する(光屈性)。なぜかについては,高校生物の教科書に詳しく記述されているが,一言で言えば,成長を促進するオーキシンの不等分布(光側<影側)による。しかし,最近の化学的なアプローチによると,オーキシンの濃度は影・光側とも均等で,光側で成長抑制物質(オーキシンと括抗)が生成し,これがABP 1に作用してSAUR遺伝子の発現を抑制する[Chem. Rec., 1, 362(2001)]。現在,高校生物の教科書も両説が併記されるようになった。

 1999年,筆者らは二十世紀初頭からの懸案であったオジギソウの刺激伝達物質および就眠および覚醒物質をそれぞれ単離することに成功した。筆者が思い立ってから30年を越える歳月がたったことになる。これまで就眠運動については,植物ホルモン説(就眠物質:ターゴリン,覚醒物質:オーキシン)が植物生理学の教科書に記載されているが,これを訂正し,新たに就眠運動の分子機構を提案した。葉が朝開いて夕方閉じる,極めて単純な生物現象であるが,実際には体内時計からの情報の流れが運動細胞内にまで伝わる複雑な長編物語である。完結させるためには総合的な視野に立ったアプローチが必要である。特に,天然小分子とそのレセプターとの相互作用の解明に有機合成の手法は欠かせない。このことは,光屈性の分子機構についても言えよう。

 冒頭に述べた“二重らせんの発見”とDarwinの“進化論”ほど広範な分野にインパクトを与えたものはない。現在,化学進化と生物進化の接点の鍵化合物としてRNAが考えられている。ビタミンB12の全合成で頂点を極めたEschenmoser博士(ETH,名誉教授)は合成的手法で,“Why RNA”とか“DNA(RNA)の構成糖はなぜペントースであって,ヘキソースでないか”を追究している。筆者は,3個の塩基がなぜ特定のアミノ酸を規定するのか,またタンパク質進化の諸問題について検討している。

 これまで,自分でしかできない研究をと心がけてきた。会員諸氏にもそうあってほしい,と思っている。

(2006年1月24日受理)
ページ更新日
2011年11月7日