公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

高度専門技術者の育成を産学の連携で
井上 誠一


 政府は本年3月に第3期科学技術基本計画を閣議決定した。この中には科学技術システム改革として,大学,特に大学院の人材育成の強化が謳われている。科学技術創造立国が叫ばれて久しいが,これには高度専門家の育成が欠かせない。ようやくこのことが具体的な施策として盛り込まれたことを歓迎したい。

 また,文部科学省は昨年9月の中央教育審議会の答申を受け,大学院教育振興施策要綱を策定した。ここには「大学院教育の実質化(組織的展開の強化)」,「国際的な通用性・信頼性(大学院教育の質の確保)の向上」を含む3項目の取り組み施策が立てられており,第1項目の中に「課程制大学院の趣旨に沿った教育課程と研究指導の確立」,「学生に対する就学上の支援」,「産業界との連携の強化」等の細目が含まれる。今までの学部教育重点から大学院の実質化ヘシフトしたことは大変結構なことであり,今後の具体的支援策として何が提示されるか,注目されるところである。経済産業省も産業技術人材の育成支援について検討し,具体的施策案が示された。

 日本の有機合成のレベルは世界に引けを取らないものであることは,野依良治先生の2001年ノーベル化学賞受賞が端的に示しているが,今後の状況が「知」の21世紀の観点から見て安心できるかどうか,危機感を募らせている方も多いのではなかろうか。

 5-6月にかけて学科の2・3年生と教員が懇談する機会があった。一人ひとりに将来何をやりたいか話してもらったところ,卒業研究では有機合成をやりたいとの発言が予想以上に多く,大変元気づけられた。どこの大学でも修士課程(博士課程前期)は定員を大幅に超えて入学させており,学生のニーズが非常に大きい。ところが博士課程後期になると,定員充足に腐心しているところが少なからずあるのが現状である。これはどうしたことか。過去のこの欄で現在の若者は実力が下がったとの意見が複数ある。修士については,残念ながら,真実と思われる。一方,博士の実力を高く評価する声もある(日経06年5月8日経団連山野井部会長)。

 私の研究室では芳香族イソプレノイドの全合成について研究している。古くは今話題のコエンザイムQ10があり,30年以上も前になる。全合成研究で学生は実に多くのことを経験する。逆合成解析を行い,自信をもって立案した経路に挑んでも,計画どおり進むことは少ない。反応条件や反応剤の検討,場合によっては合成計画の変更など,紆余曲折を経てようやく目的を達成した時の喜びは非常に大きい。これが自信につながる。しかし修士2年間はいかにも短いのである。

 日本の高い科学技術レベルを今後も維持していくには,あまりにも博士修了者が少ない。修士課程学生に興味を持たせ,博士課程に導くのは教える側の役割であろうが,企業が修士を優先的にとも受け取れるように採用するのは改められないものかと考える。採用内定した修士予定者の上位数%でよいから,さらに博士課程で勉学させてから企業で働いてもらうような仕組みは無理なのであろうか。前述の施策要綱の中に,社会人の「博士課程短期在学コース」の創設があるが,やはり修士-博士連続の教育が重要であろう。真に実力を備えた人材の育成には教授する側も雇用する側も辛抱が必要である。

 日本の有機合成のレベルを今後も高く維持するには裾野を広げる必要もある。ターゲットは大学1-3年生であり,高校生である。最近の統計によると工学部志願者の減少が少子化による減少率の2倍であるという。このような傾向を打破するには大学,学協会,産業界が連携して積極的に若い世代に働きかけることが有効であろう。「香料・テルペンおよび精油化学に関する討論会」は今年創立50周年を迎え,11月に本学の担当で開催する(有合化協会他協賛)が,記念事業の一環として野依良治先生記念講演会「若い世代のための科学と技術」を一般公開で実施する。野依先生の力強いメッセージを若い世代が熱く受け止めてくれることを期待している。

 大学における研究と教育の活性化に産業界が共同研究やインターンシップの形で協力して頂いているが,将来を担う真の高度専門技術者の育成は教育する側と雇用する側の新しい連携が必要と思われる。政府や文部科学省・経済産業省等の施策に呼応した新しいシステムの構築に知恵を出し合いたいものである。

(2006年6月27日受理)
ページ更新日
2011年11月7日