公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

研究の喜び
林 民生


 最近の学生はとても勤勉である。私の近くで見かける学生は学部生も大学院生もとてもよく勉強し,また実験もよくする。その年齢の頃の私を含む同世代の大部分と比較すると明らかに研究に対する献身度は高い。研究室に滞在する時間は長いし実験する反応数も多い。分析機器の進歩と相まって実験データはどんどん産出される。彼らは知識の吸収にも熱心である。他人が書いた文献も丁寧によく調査し,文献抄録会での発表のレベルも高い。関連した研究の質問にもすぐに適切に答えられる。このような優秀な学生に囲まれて居心地が良く,また充分刺激的な研究生括にのめりこんでいる。もちろん,そんなにしばしば大発見があるわけではないが,何らかの小さな発見や謎解きならばしばしばある。などと私は毎日とても楽しくてたまらないのだが,学生は私ほどは楽しくはないようにみえる。これは問題である。大学での研究生括は学生も先生も皆楽しいのがよい。

 さて思い起こしてみよう。研究をしていた学生時代に何が一番喜びであったか。新しい発見をしたとき,目的とする化合物がようやく合成できたとき,なぜそうなるのか謎が解けたとき,なんだかよく分からないが研究指導者にほめられたとき,などなど人により様々であろう。私の場合は,表現が適切ではないかもしれないが「私が世界一」と思えたときであった。極めて狭い研究分野のある1つの反応でよい,これに関しては私は先生を超えたと思えたときである。同じ頃学生として研究室で過ごした同世代と話すとこの喜びの賛同が得られるが,今の学生はなかなかそうは思えないようである。その理由は,先生が技術的に下手であるため,そのように学生に思わせることができないためもあるかもしれないが,やはり有機合成化学を含む有機化学の成熟度の高さにあることは否定できない。30数年前の有機合成化学はまだ揺藍期にあり,何をしても新しかった。ちょっとした反応がちょっと悪くない選択性で進むと,それはもう世界初の新しい結果であった。教科書に登場する基本的な有機化学をしっかり学んでおけば,あとはまだ発展し始めたばかりの新分野,私の場合には有機金属化学の基礎知識,があればそれでよかった。博士課程の半ばぐらいで先生と知識で勝負できるようになった。それに加えて少しばかりのひらめきがあれば世界の最前線にいるような気分になれた。

 ところが有機合成化学の現在は当時とは事情が大きく異なる。膨大な過去のデータベースの上に反応も合成も研究は成り立っている。従来の路線を継続して走る研究を行うためには,その分野の過去のデータをなんらかの形で所有することが必須となる。逆の見方をすると,程よい充分量のデータベースを脳内に格納し,それらから必要な情報が得られるよう整理されたネットワークが構築されていれば,過去の遺産の中に居心地よく浸っていることができる。同じ路線上に留まっているならば,アイデアは苦労せず自然に湧き出し,まずまずの評価が得られる報文が次々に書けてしまうのである。ただこれでは新入りの学生はおもしろくない。全く同じ分野の中にどどまったままの分野の研究を命じられた学生は,このデータベースを多かれ少なかれ身につけている先生の下から容易には這い出せない。1つの狭い研究領域を極めることももちろん重要ではあるが,何か新しい研究分野への糸口を探る方向性が欲しい。その得意分野でないと指導者の居心地は良くないかもしれないが,学生とともに学べばよい。

 幸い大学では明日にも工業化されるような応用研究を行う必要は全くない。将来的には少しは社会に役立つものが望ましいが,あくまで基礎研究でよい。時の流れはバイオ,ナノ,環境だがこれらにこだわることもない。あらゆる物質の構造,性質,反応性を化学式で語ることができる化学者は,すべての物質科学の主役とならねばならないし,またその資格がある。化学を専攻する学生が自信をもち,また研究の楽しさを満喫しているのは指導者にとっても最高の喜びである。

(2006年7月12日受理)
ページ更新日
2011年11月7日