公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

チョットゼイタクなハナシ:目先生のこと、ストーク先生のこと
鈴木 啓介


 謹賀新年。会員の皆様の御多幸をお祈りいたします。独法化後,何かと息苦しい大学生活ですが,一学究の徒の楽しみについて記すことにします。

 小生には3人の恩師があります。学生時代以来ご指導頂いている向山光昭先生,慶應大学助手に採って頂いた土橋源一先生,そして留学先のD. Seebach先生です。感謝は尽きません。しかし,ここではそれとは別に小生が“勝手に弟子になった”2人の先生方について書きたいと思います。

 まず,目(さかん)武雄先生(1912-93)。もと阪市大教授,引退後はサントリー食品化学研究所理事長を務められました。泉州の日根野神社を嗣ぐお育ちのせいか悠然たるダンディーで,またそのせいか“勝手に弟子になる輩”(失礼!)が後を絶ちませんでした。奥様の鈴子さんのウドンの魅力もあり,後述の“団塊の世代”が日根野に押しかけ,気焔を上げたと聞いています。

 小生は,やや下の世代です。1978年に東大理学部の向山研で卒研を始めた頃,実験をしながら,目先生の随筆“有機合成反応の考え方”[化学総説19(1978),化学会編]を読んだものでした。これは新しい合成反応を開発するコツについて,“異常反応を基に”,“反応結果の単純化”,“類比思考”,“生体反応に比する”,“求源思考”,“合成デザイン”など,独特の視点で書かれたものです。

 丁度その頃,目先生が来学され,天然物化学のお話をされ,“マタタビから取ったマタタビラクトンを天王寺動物園のトラにかがせたら,効果てきめん,ゴロニャンとなってしまった”という話が印象的でした。後日お会いした時に,“あの時は向山さんに東大のセミナーに呼んでもらったのはよいけれど,緊張しないようにホテルでシャワーを浴び,缶ビール(もちろんサントリー)で一杯やってから行ったんだョ”とおっしゃいました。

 初めてじっくりとお話したのは,慶應に勤めた後,九州志賀島の旅館での“目先生を囲む会”においてでした。新参者が中年暴走族(浜中信行,勝村成雄,志津里芳一,西沢麦夫,平間正博,高橋孝志,大船泰史,敬称略,年令順)から呼び出されたのでした。戦々恐々参加しましたが,浴衣姿の目先生の横で,緊張しつつも楽しく語らう一晩を過ごしました。その後も暴走族の面々にはカワイがってもらいましたが,今や中年も熟年,それに応じて小生も当時のアニキ達以上の齢となり果てました。

 もうお一人は,G. Stork先生です。1950年代から,エナミン,エノールシリルエーテルの化学など,天然物合成の中で様々な合成手法を開発してこられました。小生の学生時代の有機合成の教科書にはすでにStork化学が溢れており,雲の上の存在でした。慶應に職を得た1980年代前半頃も,ラジカル反応と天然物合成という新境地に取り組んでおられ,あこがれは日々昂じるばかりでした。大胆にも“来日の折には是非,日吉で講演して下さい”というファンレターを差し上げたこともありました。もちろん,結果はナシのツブテでしたが,お弟子さんの一人,高橋先生(再登場)にグチを言うと,すっかり納得しました。“全く悪気なく,モノグサな先生なんだョ。ボクらが何かお願いする時も,アンケート風にyes/noに○をしてもらうだけの手紙を出すんだョ,それでも返ってくるかどうか・・・”とのことでした。

 しかし,この希望は昨秋,約20年ぶりに叶えられることとなりました。学術振興会の著名学者招聘事業で,東工大に40日間滞在して頂くことができたのです。これは言うまでもなく,本学が誇るStork Mafia[高橋先生(再々登場),土井隆行先生]の巧妙なe-メール,電話攻勢の賜物です。当然,全国から“ウチにも来て!”の大合唱となりましたが,Stork先生は“不公平にならないよう,ずっと大岡山に居る”とおっしゃり,その間,1時間半のchalk talkを7回もして下さいました。御年84歳の先生がノートも何も見ずに‥・,なかば涙ぐむほどの感激でした。大岡山ではAyako夫人とゲストハウスに滞在されました。朝夕の散策では大岡山駅前に出向かれ,朝は英字新聞,夕方はお気に入りのサンマ(2匹200円)を求められる様子がなつかしく思い出されます。

 とりとめなくなりましたが,有機合成のお蔭で伝説上の人物と親交を得ることができた,というハナシでした。

(2006年9月1日受理)
ページ更新日
2011年11月4日