公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

有機合成にかける熱い思い
水野 一彦


 国内外の有機合成に関する国際会議はいずれも大盛況である。多くの分野が繁栄と衰退を繰り返している中で、有機合成化学は分析手法やⅩ線解析の進歩も相まってここ数十年間すさまじい発展を遂げ続けている。学生時代から有機合成に関わってきた私は,人をあっと驚かすような成果を出したとはいいがたいが,常に有機合成の周辺に席を置かせてもらってきた。力不足ではあるが,大学教員の立場から日頃感じていることを述べたい。

 有機合成は極めて幅広い領域からなっているが,その魅力を一言でいうならば「ものつくりの面白さ」である。複雑な天然物を多くの人と時間をかけて全合成する場合があれば,ちょっとしたアイデアを短期間で練り上げ,新しい方法論でものを創ることができる場合もある。企業での新薬開発や有用物質のプロセス開発も重要な有機合成である。いずれにしても,難しければ雉しいほど,画期的であればあるほど成功したときの感激は大きい。

 大学教員は有機合成の魅力を学生に伝え,有機合成の真の力を身につけてもらって社会へ送り出す使命がある。しかし,多くの有能な人材が外部資金の確保や報告書作成に時間をとられ,講義の合間を縫って学会発表を行い,論文を書き,学生の指導を行っている現状は異常としか言いようがない。学生にとっては迷惑至極なことであるが,研究費の獲得は不可欠である。また,教員は成果を要求されるので,しわ寄せが学生に来てしまう。学生はじっくり考え,自分で論文を書く訓練をする時間を十分に持つことができない。いざ就職すると,最近はドクターの学生も含めて真面目で言われたことはきちっとやるが指示待ち族が多く,自分でテーマを立案し,成果をオリジナル論文に書く能力が乏しいと上司からお叱りを受けることになる 。これを打破するには,我々の熱き有機合成への想いを彼らに伝えるしかない。

 有機合成の魅力はものつくりの面白さと同時に意外性にある。セレンディピティーとまでおおげさに言わなくとも,わくわくどきどきさせる何かが有機合成には秘められている。凡人でも大きな発見にぶち当たるチャンスが限りなくあるのも魅力である。私の周辺では,金属と光がその役割を担ってきた。熱くなれるのである。

 60年代から70年代は有機金属化学と有機光化学が有機化学の花形であった。当時,有機電子論が華やかに論じられ,複雑な反応機構が解明されていった。その中で,有機金属と光を用いる合成分野で,多くの興味深い現象や新反応が見出され,予想外の化合物が次々と合成された。私は卒業研究で有機金属を,大学院で有機光化学を学んだが,いずれの分野も熱気がむんむんとしていたことが未だに忘れられない。有機金属はその後も発展を遂げ,金属の多様性による莫大な成果を生み出した。優れた有機金属触媒が数多く発見され,実用的な不斉反応が開発され,現在に至っているのは周知のとおりである。金属が次々と生み出す摩訶不思議な結果が多くの有機合成化学者を虜にしたに違いない。

 一方,私がずっと携わってきた有機光化学も興味深い合成反応を数多く提供してきたが,有機金属とはその意味合いを異にすることになった。意外性では決して有機金属に引けをとらない分野でありながら,多くの有機合成化学者が「ものつくり」の手法としては実用的でないと見ていることに私は不満を感じている。かつて,本誌にしばしば見られた光を用いる合成反応の総説も最近は数少ないが,全合成の重要なステップや有機合成反応の穏やかな開始剤に光が使われ,有機ELやフォトクロミズムなど光が関わっている領域はますます拡がっている。光反応は予想外の特異な反応を引き起こす可能性が極めて高いだけでなく,光によって発生する多様な活性種を制御することによって,熱反応や有機金属触媒反応では合成が困難な化合物を高効率・高選択的に温和な条件で合成できることも強調しておきたい。

 今,境界領域の重要性が叫ばれている。若い研究者が限られた狭い分野で一喜一憂するのではなく,人まねでない独創的な研究を切り開くために,おおらかな気持ちで信念をもって粘り強く,とんでもない発見を密かに夢見て有機合成にチャレンジして欲しいと切に願う。有機合成は実際の実験から離れた我々団塊の世代のハートを未だに熱くする。この魅力を学生に伝えることができれば次世代の有機合成も発展を遂げ続けるにちがいない。

(2007年1月15日受理)
ページ更新日
2011年11月4日