公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

将来恩師となる人に出会う
西村 淳


 ここ数年間のノーベル化学賞の発表に日本人の名前を捜して一喜一憂しました。しかし一時的な興奮が冷めると,総合的に見て我が国の有機化学の実力を再認識するよい機会ともなりました。60-70年代に多くの日本の化学者が,世界の俊秀と競って新天地を開拓した賜で,今その収穫の時期を迎えているという感慨が湧いてきます。もちろん現在も以前に増して,若い力が育っていて,加えて国からも手厚いサポートがされ,次のステップに移りつつあることを見ますと,将来がますます楽しみになってきます。

 さて,ノーベル賞受賞者の生い立ちと研究者としての軌跡には,功なり名を遂げた方々ですから,当然人々は興味を持ちます。「第二次世界大戦後,艱難辛苦の上・・・」という話しに,立身出世物語の典型を見て,自分にはとてもじゃないが真似できないことに妙な安心感を抱くこともあるようです。「戦争体験が今日の監督としての性格を形成しているのでは?」という問に,サッカーの監督が答えています。「そうだと肯定すると,人々に戦争が必要とのメッセージを与えてしまう。両者には大きな関係はない」,私も妥当な意見と思います。人生をもう一度やり直すことはできないので,推測の域を出ませんが,大きな社会的変動があってもなくても,優秀な化学者は成功裡に人生を終えることになるでしょう。

 「優秀な人が成功する」のは,不思議なことではありませんが,その人が化学の道を選ぶにあたって影響を与えた人がおられるはずです。最も影響を与えることができる人,あるいは与えた人は恩師と呼ぶにふさわしい人で,そのような人に巡り会うことができた,あるいは,これから出会うことのできる人は幸運な人と言えるでしょう。もちろん願っていなければ実現しない訳で,そう願う力が強いかどうかで,そのチャンスが得られるかどうかが決まります。

 必ずしも大学で恩師に出会うとは限りません。親しい友人は,中学時代にスキーで骨折し,入院した時に,たまたま隣のベッドの患者(医者だったようです)に化学の手ほどきを受け,これを契機に化学に目覚めたと聞いています。目標が定まると,その後,教育の場で会う人をすべて恩師となるように,彼は注意深く指導者を選択し,結果的に最高の知的な環境で教育を受けることができ,世界的に認められる有機化学者となり,大活躍しています。これは,特殊な例かも知れませんが,多くの人は,高校で習った化学の先生が,労をいとわず度々実験に時間を割かれ,その結果,化学の道に進んだと打ち明けてくれます。

 もちろん公には,最終学歴を得る大学の教員を恩師とすることが一般的です。大学の化学系学科に進学してから,恩師に出会い,研究者の道を目指した人も多いことでしょう。くじ引きとかジャンケンとか,おおよそ恩師を選ぶ志の高い学生には,大きな関門が控えているので,大学で教育に携わるものとしては,大した影響力も持てず,残念な思いをすることも度々です。

 良い研究成果をあげた上との条件が付きますが,出来れば,化学の大きな歴史の中で「恩師の偉大さを知る」輪の中に身を置きたいものです。この願いは世界共通のようで,引退するニュージーランドの有機化学者を顕彰して催されたシンポジウムで,関係者が化学における家系図に触れていました。彼の場合,有機化学の母であるヴェーラーが基点でした。ドイツの化学者に聞きますと有機化学の父であるリービッヒまで遡る人が多いようです。

 少し話を広げ過ぎた嫌いがありますので,今一度表題の意図するところを,強調しておかなければなりません。学生諸君そして若い研究者の皆さんには,折角のそして短い人生ですから,少々の不運に,また時代に翻弄されず意志を強く持って,熱心に勉学に励み,有機合成化学の分野を切り拓き,そして研究者として終焉を迎える時期にも,さらなる開拓的な思考と挑戦ができる環境(人的,物的,精神的,健康的,・・・)が得られる人生を歩んで欲しいものです。そのためには,まず恩師と出会うところが,何にもまして重要なことと考えています。若い時代にセレンディピタスな成功から始まり,煌びやかな登竜門をくぐることができるかどうかは,すべて恩師を得た時点で決まると言っても言い過ぎではありません。

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(2007年1月17日受理)
ページ更新日
2011年11月4日