公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

何のための研究か?
山本 嘉則


 大学に奉職して37年になりますが,助手に採用されて以来,毎日の忙しさや降りかかる雑事の処理,さらに自分の研究のことに没頭する日々を送ってきました。立ち止まってゆっくりと物事を考える時間的余裕がなくひたすら走ってきた感がありますが,ここに来て上記命題について考えてみたいと思います。

 何のために大学は存在するのでしょうか?大げさにいうと大学とは“人類が今まで築いてきた文明・文化の維持・発展のための装置”あるいは“大学での教育・研究を通して人類は種の保存をしようとしている”といえるでしょう。フレッシュな感受性・柔軟で明晰な頭脳・健全な心身を持った若い年代の人々を,大学という装置の中で教育・研究のプロセスを経て,その時代の文明・文化の継承と,さらに次代に向けてのよりbetterな社会を築くための発展を託すために,大学人は日々全力を尽くしているといえるでしょう。

 それでは我々は何のために大学で研究するのでしょうか?教育だけであれば,素晴らしい教科書が学部・大学院を通して市販されているので,人生の先輩である教授達はそれを充分に理解し学生に教授することは容易なことだと思われます。上で述べた“継承”のためだけであればこれで物足りるでしょう。例えば,日本古来の茶道の世界を見れば判りやすいかもしれません。表とか裏千家とか各々の流儀を,正確に威厳をもって,次の世代に伝授しその文化を維持・継承して目的を達しています。そこには新しい方法とか次の世代での変革とかは入り込む余地はなく,またこのような伝統的なものでは変革してもらっては困るというのが関係者の考えでしょう。大学での“研究”とは,その時代の文明・文化の基礎の上にたって,次の時代をよりbetterな社会にするための活動といえるでしょう。大学での各々の学部,文・法・経・教育・理・医・歯・薬・工・農は,文とか理以外は,学部の名前が世の中に出てやるべき職業を端的に示しています。その分野のカバーする学術領域をさらに発展させるための研究を行い,その研究を通して大学生を教育し,次の世をbetterな社会にする人材(人財というべき)を送り出せば大学教員の目的は達せられます。勿論,人財輩出のための教育が重要ですが,研究そのものの成果による社会頁献も大学の重要な役目です。本当に社会に役に立つ研究成果を達成した時のインパクトは大きく学者冥利につきます。実は前者の視点よりも,後者の視点(研究成果)の方が見えやすく我々はこれを求めすぎる傾向にあります。

 何のために有機合成研究をするのか?自分の関連分野でちょっとでも新しいこと・人の興味をひくこと・注目されることなどを目指して,研究をその意味や意義を深く考えることなく日常性の中の1つの行動としてやってきましたが,上記のように考えたときに,“研究”の中のさらに小さな特定分野「有機合成」ではどうでしょうか?大まかにいうと今存在している合成方法よりbetterな合成手法を提供する研究でなければ意味がありません。ところが時としてこれが本当の意味で達成されている研究ばかりが展開されているとは限りません。高邁な考え方,複雑で詳細な機構,高度で精巧な装置や試剤が提案されたり利用されたりしても,結果的には以前の古い方法でより簡単に単純に目的が達成される例が見られないでしょうか。また新合成手法を開拓したとして,その応用例として生物活性天然物合成に自らの手法を利用する論文も時々見られますが,そのtarget分子は実は何年か前にもっと簡便な手法で効率よく合成されていたりすることもあります。これらの例は,自らの手法の新規性を主張はしていても物事をbetterにしているものではなく,今まで述べてきた流れからすると“何のためかを考えさせられます。有機合成だけでなく,天然物合成や物理化学・有機反応機構などすべての分野で同じことがいえ,従来よりも物事をbetterに遂行したり,考察したり,理解できることを提供しなければなりません。複雑で詳細で緻密に解析してもoverallで何が良くなったか,を問いたくなるような論文も見られます。単純で判りやすい論文の方が結果的には物事をbetterにしていることがないでしょうか。有機合成は“判りやすく単純に”を最後の締めくくりとします。

(2007年1月24日受理)
ページ更新日
2011年11月4日