公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

我が国の有機合成化学
丸岡 啓二


 学生時代,有機合成化学に魅せられて早30年になる。当時に較べると,現代の有機合成化学分野はグローバルな影響をかなり受けていると思われる。今の日本経済の流れが世界経済の動向を抜きにしては考えられないのと同様であろう。それだけに私ども大学教員も以前より多くの不確定要素を抱えながら,教育,研究に携わっていかなければならなくなったと言えよう。もとより天然資源や食料に恵まれない日本では唯一,人的資源を活用するしか方法がなく,今後も国民1人当りのレベル,それも知的レベルを高めなければ世界で生き残れないことは容易に推察できよう。そのためには教育が重要なことは論をまたない。「教育は国家百年の大計」と言われるが,日本ではなおさらそうである。最近,巷では少子化の影響を受けて大学全入時代になったと言われているが,キャッチアップの時代が終焉し,周辺諸国から厳しい追い上げの時代に突入してしまった円本では,今後,否が応でも高等教育の重要性を認識せざるを得ず,ますます高学歴化が進み大学院出が主流となる社会がやってくるであろう。しかしながら,学歴や大学院教育を受けたことがそのまま社会での成功に直結しなくなってきたのも事実であろう。これまでのキャッチアップで済んでいた時代から,イノベイティブな物を生み出していかねばならない,いわゆる知恵の時代に移りつつある。知恵の時代には物事を考え出す能力を身につけることが重要であり,理系では大学院講義もさることながら,研究室で高度な研究教育を通して知識だけでなく考え方や思考法を学んで身につけ,クリエイティブな才能を磨いていくことがますます重要になってくるであろう。

 それでは,今の日本の大学院がそういった付託に応えうる体制になっている,あるいはなりつつあるのだろうか。残念ながら全体的に見ると心もとない状況に見える。特に大学法人化前に較べると大学間の格差が一層広がり,大学によっては大学院の研究教育を行うことが,財政的にも物理的にも難しくなってきているようである。私事ながら,平成17年度から文部科学省特定領域研究「炭素資源の高度分子変換」の領域代表者を務めることになり,現在,日本全国の大学数員約100名が班員として加わって有機合成化学の基礎研究を推進させている。この過程で日本の理系大学の現状,特に大学によっては,大学院教育や研究の現状維持がますます困難になってきている様を身近かに知ることができた。昨年,アメリカの親しい友人に,我が国における特定領域研究のようなグループ研究の必要性,特に次世代のために分野を育てる必要性を説明したところ,「アメリカは良くも悪しくも日本の少し先を走っていることもあり,アメリカのいろんな大学・研究室を見て,今後の参考にしたらどうか」と私立,州立の規模の異なる大学いくつかを訪問する機会を作ってもらった。アメリカ社会は日本より遥かに格差が大きく,研究や大学院教育で恵まれない大学の惨状を目の当たりにして,日本の有機合成が近い将来,こういった状況になるのを阻止する必要があることを強く印象づけられた。いろんな意味で日本も格差社会に移りつつある今,有機合成化学分野の大学研究者間で必要な情報を交換し合い,知恵を出し合って日本独自の大学研究体制を構築し,科学技術立国としての日本を堅持していく必要があろう。人件費削減によるポストの減少や任期制の導入等,助教となる若い世代にとっては受難の時代かもしれない。しかしながら,次世代を担う若者にとってはこのようなハンディや自己責任を負わされるものの,やりがいのある時代の到来と言えそうである。サッカーを例にとれば,10数年前までは国際的に全く太刀打ちできないレベルであったのに,Jリーグや外国のチームで鍛えられ,今ではワールドカップで世界の強豪と互角に戦えるまでに成長している若手を見ると,指導者の明確な方向性と選手の活躍できる環境を整えられれば,日本の若者は充分やれるという証拠であろう。活力ある日本の有機合成化学分野を創るため,大学も新しいコンセプトやストラテジーを明確に示せるリーダー型の教員の創出とともに,若い世代の奮起に期待したい。

(2007年6月31日受理)
ページ更新日
2011年11月4日