公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

時を超える「ひと」,「もの」,「こころ」
上村 大輔


 昨今,有機合成化学の発展は目覚ましく,過去に「構成原子数1000以下であればどんな有機分子でもたちどころにつくる」と豪語された方の心意気を最近痛感する。私事で恐縮であるが,今年5月に中日文化賞(中日新聞社制定)の栄に浴した。その際,同窓生を中心に話す機会があり,その内容をまとめてみたので紹介したい。

 1964年に第3回IUPAC天然物化学国際会議が京都で開かれ,日本の自然科学のレベルが世界に並び,国民に大きな勇気を与えたと言われている。丁度その頃,名古屋大学理学部に入学し,卒業を迎えた1968年に29歳の野依良治先生にお目にかかるようになった。化学教室の第9番目に新設された研究室に京都大学野崎一研究室の若きエースを講座担当として迎えたのである。当時としては異例の人事で,特別の分野を除けば驚きをもって迎えられた。この勇気を実現した当時の化学教室の元気には感銘せずにはいられない。故平田義正先生が担当されていた有機化学講座内には優秀な人材が在籍していたが,守備範囲の異なる人を採用し活性化したいとの高い見識を感じた。そのために何人かの逸材が海外へ流出したと言われているが,そのお陰で今日の自分があると回顧する人もいる。このような環境で大学院時代を過ごすことができたことは大変勉強になり,また多くの著名な外国の研究者が出入りし身近に交流できたことも素晴らしい刺激となった。これが研究室のレベルであり,各研究グループで大切にされている歴史であるに違いない。

 若い研究者らにとって,何をテーマにするかが最も大切なことであろう。まだ分別し難い歳で決断することは雲をつかむようなものである。自分を信じて進むのではあるが,やはり評判の良い研究者の選択に間違いは無いようである。良き指導者は良い研究課題を持ち,自分もしくは分野を信じてくれた人材を失望させまいと努力する。勿論徒弟的なことだとの批判もあるが,研究や教育とは元来個別的であり,個々の力が全体のレベルを向上させるのであろう。いずれにしても,研究課題の設定は研究者としての人生を大きく変える。有機化学の場合,「もの」すなわちどんな有機分子と毎日向かい合うかが重要である。何に取り組むかで人生を変えると思うと研究課題を設定する立場としては身が縮む思いである。

 かつての有機化学研究室には,生物学,医学,薬学系の分野の人々が出入りした。近年,情報技術の発展や有機化学の教育水準の向上によって共同研究の要求度が低下しつつあるように感じる。故平田義正先生の研究室には多くの逸材が在籍したが,その中でも際立つのは発光生物の謎を解くことに一生を捧げた研究者,下村脩氏である。米国ウッズホール海洋研究所での蛍光緑色タンパク質の発見者として朝日賞を受けた。長崎大学で技官として勤める傍ら,内地留学で名古屋大学において学位を取得している。一分野を極めるためには,専門一途の精神が必要であろう。小利口に流行の学問に手を出すのが王道ではない。道を極めんとする精神が重要であり,今さらながら家庭教育や低学年教育の重要性を痛感する。「こころ」つまり志は時を超えて変わることは無く自然科学者の根源である。

 天然物有機化学の分野における最近の話題は,ケミカルバイオロジーの動向と新生物による感染症である。ケミカルバイオロジーの思想は約20数年前に日本の天然物化学を基に創成された。米国,欧州,そして東アジアと波及し,今まさに日本で花開こうとしている。放浪の果てに先祖帰りでやっと日本に辿り着いたことは何か不思議である。若い人達の情熱と心意気があれば,日本独自の,新しいケミカルバイオロジーを打ち立てることができると思う。

 一方,オンコセルカ症の撲滅で発揮された日本の力をさらに高め,一致団結して新興感染症の対策に取り組まねばならない。天然物合成の力量を高めることは,複雑な物質を医薬品として供給可能にする基礎である。真の学術発展こそ重要と受けとめるだけの「ゆとり」が必要となるであろう。それ故,有用な天然有機分子の発見という知的活動も無くなりはしない。

(2007年10月25日受理)
ページ更新日
2011年10月25日