公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

情けは人の為ならず
原田 俊郎


 仲間うちでときおり登場する話題の一つに「査読依頼が多くて大変ですね」というのがあります。特に大学に席をおく者にとっては,ここ数年,学内の所用がどんどん増えてきて,ついつい愚痴をこぼしてしまいます。先日もこんな雑談の中で,ある方から「一編の論文には二,三人の査読者がつくのが普通なので,各自の年間投稿論文数の二,三倍までの査読依頼は,務めであるがそれ以上は・・・」という話を伺いました。どうもその方には基準以上の依頼が舞い込んでいる様子でしたが,自身にあてはめるとほぼ妥当な依頼数で,決して多すぎではないことに気づきました。論文の査読と投稿が表裏一体の関係にあるのは,ピア・レビュー,つまり同業の専門分野の研究者による審査の考え方からはいわば当然なのですが,このことを忘れがちです。

 ところで,論文の作成や投稿に比べると,査読の心得については,特に体系だって教わる機会がなかったように思います。はじめの頃は,自身の投稿論文に頂戴した査読コメントを参考にしながら,見様見真似でこなしていたものです。ご存知の方も多いかと思いますが,アメリカ化学会のスタイルガイド(The ACS Style Guide: A Manual for Authors and Editors, 2 nd ed; J. S. Dodd, Ed.; American Chemical Society: Washington, DC, 1997)に,著名な化学者や学術雑誌の編集長に「査読の方法・心得」と「査読を受ける立場から望ましくて有用な,あるいは逆に不適切で無用な,査読コメント」を訊ねたものが記載されていて参考になります。一般的な回答はさておき,なるほどと思うものをいくつか紹介します。

 自信のない専門分野の査読依頼は断る。多くの回答者が,まず要約や緒言に目を通してみて査読者としての専門性を欠くようなら,直ぐに断るように勧めています。わざわざ依頼を受けたのですから,少しぐらい無理をしてでもと思いがちですが,不向きな分野の査読依頼があったのは,編集長自身が査読者として誰が適任か判断できない状況にあるためと考えて,できればより適切な査読者を推薦すべきということです。

 何人かの回答者が,コメント中で追加実験を求める際の心得について言及しています。査読を受ける立場からすると,コメント中に追加実験が列挙されているのを見ると暗い気持ちになるものです。勿論,構造決定のデータ不備や,思いこみから高を括って見落していた基礎的な実験などの指摘はありがたいのですが,中には,「次ぎのような実験をすれば反応機構が確定できる」のように,もう一つ論文が書けそうなコメントもあります。回答者のお一人は,「論文で扱う研究の範囲は投稿者が定めるものなので,実験の追加はその範囲内に止めるべき」と明解に述べています。投稿者も経験を積んでくると,この点をわきまえて,要求された追加実験を取捨選択して改訂稿を作成できるようになりますが,経験の浅い研究者にとっては列挙された追加実験が重荷になる場合も多いようです。気を付けたいところです。

 もう一つ,これには多くの回答者が触れている点ですが,「投稿者への敬意を失わず礼儀正しい査読を心がける」があります。欧米の価値観からすると少し意外にも感じますが,「この部分は次のように書き改めるとより明確になるのでは」や「次のようなデータが示されると,この議論はより確かなものになる」のように,望ましい文例をわざわざ示している回答もあり参考になります。投稿者としては,研究の価値や新規性に対する否定的な評価が顕に記されたコメントを目にすると,どうしても感情的になって,独断的で的外れな評価と受けとりがちです。冷静さを取り戻してコメントの適否について考え直し,改訂稿の作成や再投稿の準備に取りかかるのには,その後,何日もの期間が必要になります。経験の浅い研究者にとって,断定的でネガティブなコメントはより大きな心理的負担を強いるでしょう。投稿者への敬意と礼儀は,査読意見が冷静に受けとめられて,より良い論文へと繋がるためにも大切なマナーだと思います。

 投稿論文の査読結果に一喜一憂するのは研究者の常ですが,査読をするのもされるのも我々研究者。情けは人の為ならず,巡り巡って化学の為。投稿者の立場に立った査読を心がけたいものです。

(2008年1月18日受理)
ページ更新日
2011年10月25日