公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

好奇心
西沢 麦夫


 私は日本人の鉄砲との出会いに大変興味を持っている。難破したポルトガル商船が種子島に漂着した1543年のことである。世界中で西洋人に鉄砲を突きつけられた人々がただホールドアップしてひれ伏した時代に,初めて鉄砲に出会った日本人の反応はやや違っていた。彼らはその筒先をのぞき込み,そのメカニックに驚嘆し,その虜となった。世界に誇る日本刀の伝統もあって,1年で鉄砲を複製し,10年でこれを工業化,20年後には折からの戦国の世の要請の下に,世界一の鉄砲生産国となって,スペインとポルトガルの宣教師達を驚嘆させた。今日のトヨタ自動車の躍進に思いが繋がる。日本人は好奇心溢れる民族である。

 明治維新をやり遂げ,西洋に学べと若き明治の俊秀が大挙してヨーロッパに渡り,最新知識を学んだ日本はロシアというヨーロッパ列強の一角に全面戦争で勝利するという奇跡を成し遂げた。若き化学者達も続々と欧米に渡り,最先端の化学を学び,母国に戻って,日本の化学をゼロから築き上げる事業に邁進した。エーテルを必要とすれば,硫酸工場を設立することからはじめるという大事業であった。そして,彼らは日本の2000年の歴史に根ざした疑問に立ち向かうことになる。はるか縄文の貝塚からもフグの骨が見つかる。つまり2000年以上にわたって日本人はフグを食べ続け,死に続けて来たわけである。かくて,明治の留学生田原良純によって,フグ毒の研究が始まった。80年の時を経た1964年,京都で開かれた天然物化学国際会議で平田義正教授,津田恭介教授,R. B. Woodward教授によって,テトロドトキシンに奇しくも全く同じ構造式が与えられ,ついにフグ毒の正体が明らかとなった。日本人の好奇心の勝利であった。

 今ひとつ,日本人の好奇心に根ざした研究テーマがあった。マタタビである。猫とマタタビの関係は相当な昔から知られていたようで,南総里見八犬伝には猫がマタタビで拵えた名刀を盗む話が登場する。猫がマタタビに群がって演じる狂態,媚態は不可思議以外の何者でもない。戦後の焼け跡の大阪の町に発足した大阪市立大学理学部の日(サカン)武雄教授研究室では,そのマタタビを研究テーマに取り上げた。猫を狂わせる揮発性微量成分を追跡する研究は,この時代の化学技術のレベルを遠かに凌駕しており,困難を極めた研究であった。微量の活性成分を求めて,毎年数トンのマタタビを採集するという気の遠くなるような努力があり,様々な傑作の工夫が凝らされて,藤野明氏が初めてのモノテルペンアルカロイドのアクチニジンを単離して,その構造を解明した。これこそ猫を狂わせる活性成分であった。今一人の目研究室の奇才・村井不二夫氏は強い活性を示すマタタビの中性成分と格闘し,その活性成分がシクロペンタノイドモノテルペンラクトンであることを解明して,マタタビラクトンと命名し,その正体を捉えた。何れもNMRの無い時代の構造研究であり,ピクリン酸塩として,あるいはベンゾエートとして,結晶性誘導体を導いて行った元素分析が構造決定の基本であった時代の研究であり,今日その困難さを実感することは難しい。

 フグ毒の構造が明らかとなり,猫がマタタビに狂う物質が捕えられ,さらに海ホタルの発光物質が解明され,稲の馬鹿苗病原因物質が捉えられた1960年代,日本の天然物化学者達の興奮は頂点にあった。筆者の研究者人生は大阪市立大学理学部においてマタタビの研究の余韻に,かすかに触れる機会をもってスタートした。以来,途方もない大教授を師と仰ぐ幸運に恵まれ,研究の怪しげな魅力に取り憑かれたまま,夢中で過ごしてきた。研究は本当に面白い。テーマを出す立場に立った今日でも,若き共同研究者達と常にドキドキ,ワクワクを共有し,あれが出来たら,これが上手くいったらと夢を膨らませている。時にはとんでもない幸運が舞い込むかもしれない。好奇心の固まりたる日本人の一人としての誇りを胸に,水銀トリフラート触媒反応と,ステロイド生合成と,そして免疫を活性化する化合物の創製という3本の研究テーマを柱に,研究者人生のラストスパートを翔ようと思っている。1957年に理学,薬学,農学の垣根を越えて発足した天然有機化合物討論会が50周年記念を迎える今年,筆者も巻頭言を書かねばならぬ年齢に早くもなったのかと呆れつつ。徳島にて

(2008年5月19日受理)
ページ更新日
2011年10月25日