公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

アイデアと人との出会い
中田 忠


 自分では自覚しないが,いわゆる年配者に入るようになった今,多くの人々と研究のアイデアに出会いながら,主に天然物合成研究に過ごした日々の一端を紹介し,若き研究者と学生諸君の今後の活躍にエールを送りたい。

 1969年に北大修士課程(伴義雄先生)を修了し,理研(田原昭先生)に勤務したある日,自分の指が甘いなと感じた。数日後の実験で,漏斗からはみ出た濾過溶媒が気化し,白色結晶がフラスコの外壁に析出した。その瞬間,全くの無意識のうちになめていた。甘い!砂糖の1,000倍以上も甘い新規甘味物質であった。研究では何に出会うかは全くわからないことを感じた始まりである。

 Gibberellin A12 の合成を終え,ハーバード大学(岸義人先生)に留学した(1976–78年)。世界のトップをいく研究に触れ,その化学への圧倒的傾倒に目が覚める思いであり,充実した最も楽しい時期であった。1970年代はアメリカ各地で多くの日本人ポスドクが将来をかけてまさに昼夜を分たぬ努力をし,その全精力を傾けていた。それらの人々がその後,それぞれの分野で活躍する様子は,大きな刺激となり励ましとなった。

 帰国後,大石武先生の「Erythromycinの合成をやっては」の一言が,その後の研究者人生を決めたと感じている。マクロリド合成はその連続する不斉中心をいかに立体制御するかが当時の問題点であった。アルドール反応による立体制御が主流となる兆しを見せていたが,他の方法はないかと熟慮の末,生合成と鎖状制御を参考にβ–ケトエステルのZn(BH4)2 還元を見出した。数カ月で,セコ酸誘導体を合成できた。しかし,光学活性体を得る手だてがなく,その後数年は進展せず,何度となく合成達成の夢を見ては苦しんだ日々があった。

 1,3–ポリオール合成では,あたかも環がくるくる回転しては水酸基が立体制御されるユニークな合成ルートを考案できた。まず,簡単ではあるが1,3–diolを含む立体構造未知の天然物を合成し立体構造を決定した。その合成研究の途上,異性体の1H NMRの特徴的違いに気がついた。その後,この知見と合成過程での副反応がふと結びつき,1,3–polyol構造決定法を案出できた。簡単なことでも未知のことはやるべき価値があると実感した。しかし,この時13C NMRを測定していなかったため,後に他グループから発表される13C NMRによる1,3–diol構造決定法を見逃した。やれることはすべてやっておくべきという苦い教訓である。

 ポリエーテル合成では,別の研究で偶然に見出した優れた脱離基クロロメタンスルホネートを用いて,ダブル環拡大反応で一挙に7,7–員環エーテルを構築し,Hemibrevetoxin Bの全合成を達成できた。さらに効率的方策を思考する中で,SmI2環化反応が進行するなら,それはポリエーテル合成の極めて有効な反応になると直感した。実際,この反応はポリエーテル骨格を連続的に構築でき,また,左右同時にこの反応を展開すれば,収束合成にも勝るものとなる。この左右同時のダブル環化反応と,合成途上に見出した左右官能基の反応性の違いを組み入れて,Brevetoxin Bの全合成が完成した。

 理研退職後,東京理大・二部において,教育と研究に携わることになった。グループメンバーのほとんどが卒研生,修士学生ではあるが,彼らの有機合成化学への強い興味と情熱が,巨大分子Maitotoxin の合成研究を展開させた。この不可能とも思える化合物に挑戦し,困難を乗り越えることで,若い学生達が大きく成長し,かつ本分野が進展することを期待した。彼らが果敢に取り組む姿は頼もしく,私達の若き頃をかいま見ることができる。

 アイデアは,ふと浮かんだり,熟慮の末,実験の中,失敗の結果からなど,様々な場面で生まれるが,常にその研究の問題点を考えている結果である。実験がいろいろな予期せぬことを教えてくれたが,多くの反応を行い,真剣に反応を観察したものにその機会があったと感じている。何が起きたかを見出す力と,その重要さを感じ取れる力が必要である。また,多くの人々の協力のもとに研究を進展してきたが,まさにその時,その人がいたという,よき巡り合わせがあったとも強く感じている。

 若き人達がいろいろな人々との出会いを大切にしながら,素晴らしいアイデアを育み,困難を乗り越え,興奮と感動を楽しみつつ,全力で研究を進展ほしいと強く願っている。

(2008年10月16日受理)
ページ更新日
2011年10月24日