公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

新薬創出国として
西 剛秀


 私が北海道大学薬学部,(故)伴義雄教授の研究室にお世話になり,有機合成化学の魅力に取り憑かれてから,はや30年が過ぎた。本協会誌も67巻という歴史を刻んでいる。執筆依頼を受け,30年前の協会誌を読み返してみた。著名な先生の名前,構造式や反応式表記等,なかなか感慨深いものがある。現在の学生が同じように30年後に協会誌を読み返して見た時どのように感じるのか,言い換えると有機合成化学はどれだけの進歩を遂げているのか,非常に興味があるところである。

 近年,製薬産業においてはR&D活動の国際化が進んでいる。その中で欧米製薬企業が中国,インド,シンガポール等の新興国に拠点を新設する動きと,日本のR&D拠点を閉鎖する動きが活発化している二点が特徴として挙げられる。2007年にはファイザー,グラクソ・スミスクライン,バイエルが基礎研究所の閉鎖を決定し,更に2008年にノバルティスとメルク(万有製薬)がつくば研究所の閉鎖を発表した。経営効率化の観点からの再編や集約が必要なことが主な理由であろうが,日本のR&D拠点からの新薬創出の効率が悪かったことも残念ながら一つの要因であろう。R&D拠点の条件として,市場性もさることながら,その国のサイエンスレベルが優れていることが第一に挙げられるかと思う。具体的には,優れた人材が確保できること,大学や公的研究機関の存在による高い研究水準が保てること,加えて科学技術立国に向けての政府の積極的な取り組み等も重要な要因であろう。特に最近の中国は,「国家中長期科学技術発展計画」(2006~2020年)を基本とした政府の積極的な取り組みや理系の帰国留学生(海亀)の増加など,上海をはじめR&D拠点としての魅力が増していることは事実である。またインドにしても「India Vision 2020」を作成し,ハイデラバードのゲノムバレーに見られるように発展を遂げている。もともと理数系に強いという民族性も背景にあろう。中国やインドなどの新興国からの新薬誕生も近い将来,必ず実現するであろう。今後の発展は我々にとって大きな脅威であり,危機感は否めない。

 現在の医薬品の売上高上位100製品の国籍を見てみると,日本オリジンは14品目とアメリカ,イギリスに次いで3位であり,これは日本発の創薬の礎を築いてくれた諸先輩方の成果の賜物である。日本はR&D人材の質,大学や公的研究機関との連携,市場性,知的財産面でも世界のトップクラスにいることは間違いなく,依然として高い創薬力,科学技術力は保っている。世界で新薬を継続的に創出できる国が10カ国に満たない中で,新薬創出国の一つとして,今後も人類の健康,医療に貢献する役割を担っている。しかしながら創薬研究拠点としては,他国と比べて国際化がなかなか進んでいないのが現状である。

 国際的なR&D競争が繰り広げられる中で,創薬の環境もずいぶんと変化しているが,有機合成化学の重要性が創薬の根本にあるのは,今も昔も変わりはない。我々製薬企業も優秀なメディシナルケミストの輩出,育成のため,継続的な努力をし続けなくてはいけないのは勿論であるが,メディシナルケミストとしての研鑽を積む前に,有機合成化学を基盤とした優秀なケミストであることが先決であると考える。

 薬学教育の現場では薬学部6年制が2006年からスタートした。医療薬学教育の充実や薬剤師養成を否定するつもりは毛頭ないが,研究や実験を基軸としたR&D人材の教育が疎かにならないことを切望する。学部を問わず,有機合成化学に従事する学生には,実験すること,研究に没頭することの楽しさを是非感じて欲しいと思うし,大学において教育される諸先生方におかれても,ご自身の豊富な経験に基づいた有機合成化学の魅力,醍醐味を思う存分学生に味あわせていただきたい。産官学が連携した人材育成こそが新薬創出国としての日本の地位を今後も確固たるものにすると信じて疑わない。中高生の理数系離れ,大学でも3Kを敬遠する有機合成化学の不人気等,科学技術立国として将来の不安を感じるような話が時折耳に入ってくるが,一人でも多くの優秀な人材が有機合成化学を通じて,夢のある創薬の道に足を踏み入れてくれることを期待する。

(2008年12月24日受理)
ページ更新日
2011年10月24日