公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

触媒的合成化学を先導するクロスカップリング反応
宮浦 憲夫


 1972年に熊田・玉尾によりニッケル触媒を用いるグリニャール試薬のクロスカップリング反応が報告された。カップリング時代の幕開けであり,合成化学の方法論を大きく変えた研究である。また,この発見を契機として爆発的に展開された,触媒を用いる合成化学を強力に牽引してきた研究でもある。それまで金属触媒の利用の多くは,官能基を持たない低分子化合物に限られていたが,医薬,農薬,天然物,液晶,ELなどの機能性分子から高分子材料の合成まで幅広く利用できることを示したのも,この研究の大きな功績であろう。また,この発見で新たに開発が可能になった機能性分子や材料も多い。適当な合成法がなかった,芳香環を基本骨格とするπ-共役系電子材料が典型例であり,ポリフェニレンの化学が大きく進展した。玉尾らが開発したポリシロールがEL材料として工業化されるなど,基礎研究のみならず,製造法としても幅広く利用されるようになった。2002年に30周年を記念した"Post OMCOS Symposium: Thirty Years of the Cross-Coupling Reactions"が京都で開催された。我が国で開発され,多くの人名反応を生み出した触媒的結合形成法の記念すべきシンポジウムである。

 発見から40年近くが経過して成熟期に入ったが,さらに大きく発展を続けていることは驚きであり,この研究が与えたインパクトの大きさをものがたっている。初期の研究では,利便性を追求した非金属元素を用いる鈴木,檜山カップリングが達成された。また,炭素-ヘテロ原子結合形成(Buchwald-Hartwig アミネーションなど)への展開も大きな成果であり,この反応の汎用性を著しく拡大した。特筆される最近の研究には,三浦らのC-H結合との直接結合形成がある。形式的には,アルキンC-H結合のカップリングを達成した薗頭反応の新たな展開である。クロスカップリング反応の鍵中間体であるAr-Pd-OAcは芳香族化合物(ArH)とPd(OAc)2の反応で形成することができる。1967年に守谷・藤原により見出された先駆的研究である。この反応をクロスカップリング反応の触媒サイクルに組み込むと,芳香族C-H結合と芳香族ハロゲン化物のカップリングが可能になる。また,非対称ビアリールを2種の異なる芳香族C-H結合から直接合成することもできるなど,基礎研究のみならず工業的製造法としても優れたこの分野の発展はめざましい。また,高度に活性なパラジウムナノ粒子触媒,安価で経済的な芳香族塩化物の利用を可能にしたパラジウムカルベン錯体やt-Bu3P錯体,リサイクル容易な担持型触媒など,これらの反応開発の鍵となる触媒研究も同時にめざましい発展をとげた。

 どのような優れた研究にも過去に長い胎動期があり,先行する多くの研究が存在する。このためオリジナリティーが見え難く,合成化学には真にオリジナルな研究は少ないと言われる所以である。1940年代にGilmanやKharaschによりグリニャール試薬と遷移金属の反応が研究された。いずれも実用性を欠いていたが,これらの研究から有機銅試薬の付加・カップリング反応とクロスカップリング反応が生まれた。また,クロスカップリング反応に並ぶ発見にオレフィンメタセシス反応がある。Grubbs触媒の開発が有機合成への利用の突破口となったが,この研究にも1960年代からの長い歴史がある。また,C-H活性化についても同様であり,村井・茶谷らの研究が突破口となり有機合成に利用できる時代に入った。従って,歴史に残る反応はオリジナリティーに富んだブレークスルーを契機として飛躍的な発展をとげたものであるが,胎動期を担った基礎研究の成果でもあることを忘れてはならない。我が国には,過去に培った優れた有機金属化学・錯体化学の輝かしい伝統がある。ここに,合成化学への新たなブレークスルーを待ち望んでいる多数の研究があることは幸いであり,今後も合成化学を先導する原動力となる。

(2008年12月12日受理)
ページ更新日
2011年10月25日