公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

若者よ,ベンチャー精神を持って飛び出せ
高橋 孝志


 今回,巻頭言を書く機会を頂きましたので,私が学生,助手,助教授,教授の時期にどのような思いで研究をしてきましたかを振り返ってみたいと思います。

 私は人口の多いベビーブーム世代であり,他人と違ったことをしなければ生き延びられない,という危機感が学生時代から強かったのです。当時,東北大学には天然物化学で著名な中西香爾先生と伊東先生がおられ,学部3年時に両先生とお酒を飲む機会がありました。自分は将来,外国で勉強してみたいと話したところ,中西先生はちょうどコロンビア大学へ移ることが決まっておりましたので,「学部を卒業したら,僕の研究室においでよ。リサーチアシスタントとして雇ってやるから」と言われ,大変びっくりしました。学部卒業後,渡米した訳ですが中西先生は米国に移って間もなかった為,雇う金が無いからと放り出されてしまい,結局,中西先生の骨折りでStork先生の所で働くことになったのが,私が天然物合成をやるきっかけとなりました。1年半後,Stork先生の勧めでコロンビア大学の博士課程へ進学し,3年目で念願のPh.Dを取得できました。「ダメもとでも挑戦すれば願いは叶う」ということですね。

 Stork先生と辻二郎先生の計らいで,東京工業大学工学部化学工学科熱力学講座の助手のポジションを得て,辻先生の開発された触媒反応の天然物合成への応用を目指して研究を開始しました。当時,触媒反応を用いた天然物合成は,新しいコンセプトの研究であり,ラッキーだったといえます。しかし,辻先生が定年退職されることになり,助手の私が熱力学講座でこのまま研究を続けられるかどうか心配でした。どう生き延びるかを考えた末,新たに始めたのが「計算化学に基づく天然物合成」でした。本来なら触媒反応の研究を続けるのが効率的かもしれませんが,「独立後にボスと同じ研究テーマを行うことは禁止」といった欧米の社会通念に従い,新しいコンセプトで研究を開始したお陰で,数年後には助教授として独立した研究室を任されることになりました。「ピンチの時ほど研究コンセプトを変えられるチャンスである」と言うことですね。当時,天然物合成に計算化学を積極的に導入し始めたのが,コロンビア大学のStill先生でした。先生と私は,Stork研で一緒に過ごした仲であり,彼の開発したマクロモデルを入手できたお陰で研究を加速することができました。また交渉の結果,日本の製薬3社と7大学でソフト使用が認められ,さらに同時期の「化学系のためのMacintosh(講談社)」執筆を契機とした「有機合成と計算化学」の勉強会や本協会の講習会等を通じて,本技術を日本中に広げることができました。

 教授就任以来,大学での最大の変化は大学の法人化です。ここでは大学発の研究成果を積極的に社会還元することが重要視されるようになってきました。そこで新たに始めたのが,「コンビナトリアル合成やラボオートメーションを用いた天然物合成」や「化合物ライブラリーを用いたケミカルバイオロジー」です。特にコンビ技術はNEDOやJSTのプロジェクトにも採用され,本協会の講習会やコンビ研究会を通じて,各方面にこの技術を普及できたことで,多少なりとも我々の研究成果を社会還元できたと思っております。最近,これら技術を基盤とする「大学発ケミカルベンチャー(ケムジェネシス)」を設立しました。ここでは「ベンチャーのハブ構想」を提唱しております。学位取得後に留学する前後において,すぐに自分に合った仕事(研究)が見つかるとは限りません。もしキャンパス内に大学発ベンチャーがあれば,一時そこに翼を下ろし,生活の基盤を確保しながら研究を続けることができます。事実,私の所で学位取得した者の中には,東工大発ベンチャーに短期間ですが籍を置き,その後,欧米の研究機関に留学し,また帰国後に日本の有名大学で助教になった人が6名もおります。

 いつの時代にも言えることですが,日本で新しいことをする場合,精神的なプレッシャーは他国に比べ,より大きいです。一方現在,問題となっている少子高齢化が予想以上に進んでおり,労働人口の減少は目前です。さらには,日本化学産業は,中国などの人件費の安い国から猛追を受け,研究所や工場の海外移転などによる空洞化が懸念されています。将来の日本の化学産業の為に,是非とも若者にはベンチャー精神を培って欲しいと願っています。

(2009年4月13日受理)
ページ更新日
2011年10月24日