公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

外資系製薬研究所から飛び立つ日本人研究者達
森 一郎


 ここ数年の間にグラクソ・スミスクライン(英国),ファイザー(米国),ノバルティス(スイス),万有(米国)等外資系企業の日本における研究所が立て続けに閉鎖され,多くの研究者が影響を受けた。相次ぐ大型特許切れの対策と,企業のスケールメリットを追求しての合併・吸収が,世界的な人員削減の起因となった。優秀な研究員を積極的に集め,海外に比べ小規模な研究所ながらも高いレベルの研究成果を上げ,日本国内の大学・研究所へのアクセスを容易にしてきた研究所の閉鎖である。その理由には,日本人口の減少・薬価削減などによるマーケット縮小,中国やインドなどのアジアマーケット成長に合わせた全世界的な投資戦略の変更等が挙げられる。

 外資系製薬会社研究所の化学関連部門に従事してきた研究者達は,本社の大規模な研究所への訪問および長期滞在を通じて海外の研究者達と交流・共同研究を続けてきた。その間,創薬化学の戦略・プロセス,日本ではまだ導入例のないライブラリー合成の最新システム,巨大化合物データベースを駆使した化合物デザイン,また中国,インド,ロシア,東欧の企業へのライブラリーや原料合成アウトソーシングなど,様々なことを経験し学んできた。もちろん,外資系製薬研究所の資源を享受しただけではなく,日本の質の高い有機合成化学研究を基礎に素晴らしい創薬化学を展開し,海外研究所合成課題の解決に大きなインパクトを与え,またグローバルの創薬システム構築に貢献してきた。そのような優秀な研究者を擁する研究所閉鎖の全国的な連鎖は,私を含め多くの方にとって非常に残念な出来事であった。

 この閉鎖劇の渦中,私の勤務していたファイザー名古屋研究所の閉鎖が2007年1月に発表された。400名以上の人員の整理が進む中で,20年以上培った研究成果とノウハウを基に,名古屋研究所所長であった長久厚を中心として多くの有志達とともに,研究所独立の活動を開始することとなった。紆余曲折を経ながらもその努力が実り,2008年7月1日にラクオリア創薬株式会社として総勢約70名で活動を始めることができたのは,実に喜ばしいことであった。

 ファイザーを含む一連の研究所閉鎖で,海外の研究所(イギリス,アメリカ,シンガポール等)へ移籍し,また国内の製薬会社研究所および大学・研究所でこれまでどおりの研究活動を続けることができた研究者がいる一方,これを契機に研究現場を飛び出して製薬開発業務,工場,調剤薬局へ移り,また上述のようなベンチャー企業に参画するなど,安定した平和な時代に考えてもみなかった,様々な進路をあえて選んだ研究者が多くいる。研究所閉鎖劇が起きてから1年以上経ち,腰を落ち着けていよいよ本領発揮という方も多いかと思う。これまでの素晴らしい経験と実績を活かして,皆さんが新天地で益々ご活躍されることを切にお祈りする。

 話が変わるが,この場で創薬化学のアウトソーシング業務に関わって,日頃感じていることを一言述べたい。ラクオリア創薬ではファイザー時代からの経験を活かし,国内外でアウトソーシングを積極的に活用することで,創薬の生産性を高めている。人件費などのコスト面での魅力がある一方,アウトソース先が思わぬところで時間を費やし,また不十分なインフラのために思うように試薬を調達できないような事態が発生する等の課題がある。従って,アウトソース先の資源を活用するには,合成業務の詳細をアウトソース先に任せて化合物デザインと合成ルートを机上で考え,指示するだけでは十分ではない。基本となる有機合成化学を研究現場で幅広くしっかりと身につけて,臨機応変に海外の合成担当者と十分かつ上手にコミュニケーションができる研究者が必要となる時代となってきている。さらに,時間が経てばそれらの課題は解消され,アウトソース先の国の合成化学者のレベルが今の日本に追いつく日が来るのは間違いない。これは,創薬化学に限ったことではないと思う。それゆえに,これからの若い有機合成化学研究者の方々が現状の高く評価されている日本の有機合成化学のレベルに甘んずることなく,将来何が求められるかを常日頃考え・感じ取って,志を高くして自己を伸ばし続けられることを是非ともお願いしたい。

(2009年11月17日受理)
ページ更新日
2011年10月24日