公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

地の利,人の和,そして始めに天然物ありき
平間 正博


 天然物合成研究に携わって30余年。いかにテーマを選んで来たか。自分の体験を振り返ってみたい。不勉強な私でも,反面教師として若い人達のお役にたてるかもしれない。生理活性天然物には,構造も活性発現機構も人知の及ばない興味深いものが非常に多い。人を介して,たまたま巡り合った天然物に一目惚れして合成を始めた場合が殆どである。予め詳細な調査をしてから開始したことはなかった。この点は,大いに反省している。

 ネオカルチノスタチン。私の「クロモプロテイン系エンジイン抗腫瘍性抗生物質」の全合成研究は,ネオカルチノスタチンから始まる。1985年,石田と江戸らが発表したクロモフォアの構造は,9員環に2つの3重結合を含む非常に歪みのかかった構造であった。論文を見た時,「あんな分子が天然に存在するのか」と,強烈な印象とともに半信半疑に思ったのを覚えている。その後,1988年,新しい研究を始めようと考えた時,考えたのは,「地の利」を活かせるテーマにしようということ。その意味で,ネオカルチノスタチンは最適の化合物であった。発見から活性,構造,実用化まで膨大な研究が仙台で石田先生を中心にして行われていた。これを見逃す手はない。早速,江戸博士からいろいろ教えて頂きながら,研究を開始した。また,この構造決定後,10員環エンジイン系抗生物質の構造が相次いで発表された。非ベンゼン系芳香族化学と天然物化学の融合。瞬く間に世界的な脚光を浴びた。特に米国で盛んになった10員環を避けて,9員環エンジインにこだわった。その頃,エスペラミシンを発見された小西正隆博士(当時,Bristol-Myers社)から,大鵬薬品(株)の大谷敏夫博士が面白そうな化合物を見つけたらしいという情報を頂き,大谷博士に直ぐ連絡をとらせて頂いた。それが,C1027との出会いである。C1027との遭遇は,タンパク質との相互作用や,クロモフォアの構造内部に隠された自然の巧妙な仕組み,物理化学的原理等を解き明かすその後の研究に大きく発展した。

 時代をさかのぼる。思い起こせば,私が米国から帰ってサントリー生物有機科学研究所(当時,中西香爾所長)で独立して研究を始めた時から,沢山の人にお世話になっている。全合成標的を探していた時,現在の高脂血症薬ブロックバスター・スタチン類の先駆けとなった天然物,コンパクチンやメバロチンの存在を教えてくれたのが,東北大出身の先輩,野本享資博士。これらの天然物は,留学時から興味を持っていたポリケタイドでありながら,テルペノイドに似た構造を有するHMG-CoA還元酵素阻害剤である。全合成を完成してから,発見者の遠藤章先生には,大変お世話になった。

 そして,大村智先生のアバーメクチン。合成を開始したのは,論文誌をめくっていて,たまたま目についたアバーメクチンの構造の面白さに魅了されたから。この化合物も,ポリケタイドである。活性を担う南半球,ヘキサヒドロナフタレン部の化学的に不安定な構造の繊細・微妙な美しさ。すぐに作ってみたいという欲求に駆られた。そして,1988年にフランスアルプスの麓Aussoisで開かれたアバーメクチンに関する国際会議で大村智先生と初めてお会いした。先生には沢山のことを教えて頂いた。同じ南半球を有する関連化合物ミルベマイシンの全合成を独自の方法で達成した。しかし,担当していた学生が卒業したこともあり,アバーメクチンの全合成を完成させずに止めてしまった。合成上の課題の解決法を確立したと思っても,「モノ」をきちんと作り上げなければクレジットを逸する。非常に心残りである。自戒。

 シガトキシンは,サントリー生有研の後輩に当たる村田道雄博士(現大阪大教授)から,共同研究を頼まれたのがきっかけ。村田博士は,当時東北大農学部安元研でNMRによるシガトキシンの構造決定に取り組んでいた。シガトキシンは,私の最重要研究テーマとなった。今でも安元先生にはいろいろと教えて頂きながら,共同研究を進めている。

 全合成研究は「地の利,人の和」,そして,天然物がなければ始まらない。改めて新しい天然物発見の重要さを思う。全合成研究の更なる発展と,大学・企業における天然物探索研究の発展を祈っている。

(2010年6月1日受理)
ページ更新日
2011年10月25日