公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

有機合成化学への期待
中江 清彦


 化学企業において研究開発は企業経営そのものである。事業は生き物であり,絶えざる自己変革なくしては生き残れない。研究所は会社を変える発信基地であるべしと思っている。

 有機合成化学は当社では空気のような存在である。すべての事業になくてはならない存在となっているが,本当の有り難さを普段は認識している人が少ないのではないかと感じている。

 化学企業における研究開発では,グローバル競争が激化している21世紀は単なる有機合成で生き残るのは難しくなり,機能創生・機能発現(物性評価)で新たな価値を創出する時代と考えている。このためには,有機合成研究者と物性研究者とが一体となった研究開発が企業においては極めて重要である。特に,機能性高分子材料開発には,両分野の研究者の絶妙な連携,あるいは毎日議論に花が咲くような関係が欲しいと思っている。

 このような時代を先取りし,当社は研究開発の基本戦略に,「創造的ハイブリッド・ケミストリー」の追求を掲げている。異分野技術の融合による新たな価値の創造を可能にするのは,世界で競争力あるコア技術群であり,それらコア技術に磨きをかけ深化・充実を図ることが基本思想である。例えば,高機能材料開発において,液晶ディスプレイ(LCD)材料の一つである偏光フィルム事業がコア技術の横展開(アルミニウム圧延技術の高分子加工への横展開と,当時,有機合成の粋を集めた染料化学との融合)により生まれたが,ポストLCDへの展開として現在事業化に注力している高分子有機ELも創造的ハイブリッド・ケミストリーの典型的な例である。1981年に参画した通商産業省プロジェクトで導電性高分子を開発し,この高分子が通電によりかすかに発光することを発見したことで,高分子有機EL材料の発明へとつながったわけであるが,本材料開発の重要なコア技術の一つが錯体触媒である。ファインケミカルの合成技術として培ってきた炭素-炭素結合形成触媒反応を精密重合反応へと深化させ,材料評価技術と一体となって高機能高分子材料を創製し,現在では高分子有機EL独自の特徴を活かしたアプリケーションデバイスの開発を推進している。特に,1979年に論文掲載された鈴木-宮浦クロスカップリングは,医薬化学品のような低分子化合物合成では今や汎用技術になっているが,当社はさらに高分子有機EL材料の精密重合反応にも適用している。しかしながら,高分子合成反応としては課題も多く,産学連携によるさらなるブレークスルーが必要である。例えば,精密構造制御(シークエンス制御や分子量分布制御)やリビング重合などの基礎研究の進展が,次世代のプリンテッドエレクトロニクスの開花に大いに貢献するのではないかと期待しているところである。そして,21世紀は機能性高分子材料の時代と考えているが,その創製は,新規化合物,あるいは新規反応の発見に負うところが大であり,有機合成化学がさらに高度に深化し,ブレークスルーにつながることを大いに期待している。

 有機合成化学の研究では,一昔前に比べれば,ガラス細工はほとんど不要となり,危険な有機金属試薬も合成せずに試薬会社から購入でき,クロマトグラフィー,NMRといった分析・解析が簡単にでき,さらには計算機科学の進歩により実験結果を予測できるようになり,随分と効率が高くなった。それでも,実験の量やそこで得られた実験事実,異常現象,実験データへどれだけ真摯に向き合ったかで研究の進展に明暗が分かれるというところは,昔も今も同じであろう。実験量やデータ解析を疎かにしては,有機合成化学の新しい発見はおろか,知識や実験スキルの体得も難しく,独創性につながる基礎研究の進展は期待できないであろう。

 「研究は人なり」。若い研究者の皆様には,旺盛な好奇心(何故という疑問を持ち続ける)をもって自分がやりたいことを提言し,しっかりと地に足つけ,研ぎ澄まされた感受性を働かせて数行の詩を生み出し,社会を変えるようなうねりを作り出していって欲しい。  研究者の夢と情熱こそが先駆的研究を推進し,現代社会の礎となる偉大な発見を数多く生み出してきた。今後もそのような先駆的有機合成化学の研究を大切にし,次に起きる飛躍を心底から期待している。

(2011年1月6日受理)
ページ更新日
2011年10月25日