公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

続・泣きたい気持ち
永島 英夫


 縁あって,先日タイを訪れた。タイは天然物化学が盛な国であるが,多くの方と楽しい会話をしたなかで,ふっと,14年前に豊橋技術科学大学の図書館の機関紙に寄稿した「泣きたい気持ち」という小文を思い出した。

 現在はインターネットで直接情報を得られるが,1980年前後のアメリカでは,図書館にある日本の新聞が詳しい日本の様子を知る唯一の手段であった。1980年にコロンビア大学を訪れ,Stork 先生に会いに行ったとき,緊張でこちこちになった筆者が先生を待っていたのは図書室だった。1985年にウィスコンシン大学に留学し,長い冬をすごした時,研究や人間関係に疲れた時に,望郷を抱えながら訪れたのが図書館であった。いずれも,英語の氾濫の中で見た日本語の活字に泣きたいような,うれしいような思いを感じ,かつ,安堵と頑張ろうという気持ちを新たにしたことを思い出す。

 ウィスコンシンでのCharles P. Casey 教授の下での研究経験は,筆者をして金属クラスターを触媒として用いて有機合成に使えるようにしたい,という夢をもたらした。金属の種類を変え,配位子を変えれば,多くの機能をもつ分子触媒を作ることができる。さらにクラスター触媒が実現すれば,クラスターの核数,構造,構成する金属の組み合わせは無限であり,望む触媒機能を錯体設計により作り出すことが可能である。

 しかし,無限の組み合わせがあるということは,少ない実験でその学理を極めることができない。ましてや,触媒をめざすにはクラスターの動的挙動を解明しなくてはならず,容易に先が読める研究ではない。1990年ごろ,各大学に270-300 MHzのNMRが容易に使える環境は普及し始めていたが,X線結晶構造解析や質量分析,電子顕微鏡等はまだ専門家にお願いしなければデータが出ない時期である。自己流の有機金属錯体の化学と触媒的有機合成反応の開発に取り組んだが,人を説得する成果を出せないまま,当時毎年おこなわれていた東海地区の有機化学の談話会の懇親会で動的クラスターの夢を語った時は,出席されていた野依良治先生や山本尚先生から真剣かつ厳しいコメントをいただき,生意気だった筆者もさすがにこたえた。そんななかで,僕をさらに打ちのめしたのは後藤俊夫先生であり,先生は僕にクラスターの面白さ,難しさに同感を示された上で,「僕はもう20年も金属を複数含む天然物を追いかけているんだよ。天然物の機能に,複数の金属の動的な働きが関与しているような気がするんだ」。「えっ,天然物? アメリカでは動的クラスター化学は無機化学の領域であり,つい最近開始されたのではないのか!!」

 ほどなく後藤先生と共同研究者の方々は,「花の色」の発現機構を世に出され,筆者に自己の方向性に安堵と頑張ろうという気持ちを含めて泣きたい気持ちをくださった後藤先生は,1年あまりのちに急逝された。筆者は後藤先生に自己のクラスター化学の進展をお話する機会を永遠に失ったまま,しかし,研究テーマは大きく,なかなか達成できないものこそよい,という後藤先生の示唆のとおり,現在も研究を続けており,いまだ道半ばである。

 時は流れ,国立大学は法人化され,研究費は校費から競争的資金へとシフトした。競争という意味での切磋琢磨がよい結果を与え,科学技術基本計画のもとに大学の設備も以前よりは充実し研究環境が整った反面,短期間で派手な成果を求める欠点も見える。日本の有機合成化学は,野依先生の不斉合成を始めとし,鈴木章先生らのノーベル賞受賞に関与された多くの方々の努力が結実したパラジウム触媒とクロスカップリングの化学のように,常に世界をリードしてきた。しかし,今やその成功体験ゆえに,長期的な視野で,難しく短期間では解決できない課題に挑戦できなくなっていないか? 若手研究者に性急に成果を求めるがあまり,余計なプレッシャーを与えていないか? タイのメナム(河)のゆったりした流れのように,大学でしかできない将来を作る夢に,長くかかっても難しくても挑戦することの大切さを改めて思う。

(2011年2月9日受理)
ページ更新日
2011年10月25日