公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

創薬加速型プロセス化学の勧め
富岡 清


 医薬品のプロセス化学の醍醐味を語り合おう,苦労話もしよう,現場の若い方々の化学交流の場を作ろう,大学の人間にも役に立つかもしれないから声をかけてみよう,志ある若者に面白さを伝えよう,さらには私たちもその学問に足を踏み入れてみよう,と産の現場の方々を中核にして勉強を始めてから早十年が過ぎる。まず初めに,プロセス化学を定義しようとすると大変に厄介なことに気付いたが,創薬化学と対比すると少しはわかりやすくなる。創薬化学がメディシナルケミストリーと同義であることは,野口照久博士によって創薬という用語が作られ流布されるようになって以来,周知のこととなっている。医薬品化学というかつての用語が意味曖昧であるとともに,大きな誤解を生んでいたことからも創薬という用語の素晴らしさには感嘆する。薬となる化学構造式を見つけることを目的とする有機化学が創薬化学であるとすれば,見つけられた薬を大きな規模で商業生産する合成化学を中心とする諸々の化学がプロセス化学である。世界を基準にするのがプロセス化学であると言ってよいだろう。原料や反応剤の価格の合理性と入手の安定性,反応の安全性,再現性の高さ,分離と精製の容易さ,不純物の許容性,生成物の望ましい物性,結晶多形,取り扱いの容易性,作業者に対する生物学的安全性,環境安全性,等々の課題に一つずつ的確に対応できる合成化学を実現するのがプロセス化学の妙である。おっと,反応設備への想い入れも重要なプロセス化学であることを忘れてはならない。弘法は筆を選ぶのである。創薬化学が生みの親なら,育ての親がプロセス化学と言われる所以である。しかし,この定義に異を唱える先鋭的なプロセス化学徒の数は少なくない。創薬化学と製剤の中間に挟まれた隙間を埋めるプロセス化学では物足りない,プロセス化学自体が中核になって創薬自体を加速し,しかも製剤を支援する,そんな役回りと実力がプロセス化学に求められているのである。

 合成が三度の飯より好きだから,だから合成化学の道に歩みを進めたプロセス化学徒は数多い。複雑な骨格,ワクワクするほどにつくり難い魅惑を持つ構造,そんな化合物の全合成経路や用いる反応,そのスケールアップを考えているだけで幸せになれるのがプロセス化学徒である。1つの反応を徹底的に効率化するのに情熱を燃やし,合成行程を徹底的に効率化するのに喜びを見出すやからも多い。しかるに,最近の合成医薬品の構造のなんたる単純さか! その骨格のなんたる直線性か! コンビナトリアル化学の直線性が際立ち,はたまた標的タンパク質との相補性に単純に囚われた所為か,ユニットの直線的連続結合性の目立つ構造が極めて多い。多因子疾患である現代の病から人を救う医薬品には程遠い構造が目立つ。立体配座の洞察と官能基配列の妙から生まれてくる,絶妙な天女のような美しい調和のとれた構造こそが医薬品であるというプロセス化学徒の美意識には不満が溢れ,プロセス化学の真価を発揮するには役不足であるとも思う。

 全合成を無上の楽しみとする化学徒は,常に分子全体の形と官能基の立体配置に心を配る。それが,生体内分子との相互作用の意識化につながるとドラッグデザインに帰納する。リードがある程度明らかになった時点で,最適構造を求める網羅的合成にプロセス化学徒が参加する利点も大きい。創薬化学とプロセス化学の融合部分を築き,拡大深化する工夫が鍵を握る。コンビマシンと化合物バンクがあれば,迅速網羅合成を安価に請け負う委託先があれば,有機化学徒なしでも化合物はできてくる,それをHTSマシンにかければ薬はでてくるといった図式が本気で信じられたことによる弊害は大きい。低分子医薬品の開発に待ったはなく合成化学を無上の喜びとするプロセス化学からの支援が是非とも必要である。

産学連携はプロセス化学の充実に必須である。大学の研究室で生まれた原石を,評価眼力のあるプロセス化学徒が見出し,丁寧に磨いてダイヤモンドのようにキラキラ光る実用化学合成に仕立て上げる。育ての親の真骨頂である。

 「プロレス」化学会と一流ホテルで看板を出された嘘のような経験を経てプロセス化学の勉強を続けてきた。一刻でも速くよい薬を必要な方々に供給したい,そんな燃える想いのプロセス化学徒の一層の頑張りに期待する。

(2010年12月10日受理)
ページ更新日
2011年10月24日