公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

次のノーベル賞へ向けて
高橋 保


 巻頭言はいつも年配の先生がたが書くものであると思っていた。今回,巻頭言を書いてくれという依頼があったので,ついに自分も周りから年を取ってきたと思われているのかと,複雑な思いであった。しかしよく考えてみると,現在北大におり,しかも根岸研出身でもある私に,ノーベル賞に関係した巻頭言を書いて欲しいという依頼だと考えると,少し気持ちも楽になってきた。

 日本の有機合成化学はクロスカップリングを持ち出すまでもなく,非常に質の高い研究が数多くなされていて,根岸先生が「もっと沢山の日本人が受賞すると思います」とマスコミなどに意見を述べておられるのは心強い。根岸先生の専門である遷移金属の分野でも,これから数人はノーベル賞が出るのではないかと,我々に期待を持たせてくれている。1つの例として,不斉合成の分野に目を向けた発言がある。これまで「不斉C-H結合の生成」と「不斉C-O結合の生成」にノーベル賞が出ているが,まだ「不斉C-C結合の生成」には出ていないというのである。この分野は日本人研究者が多く,今後この分野で日本人が受賞する確率が非常に高いと根岸先生は予測している。5年,あるいは10年以内に再び日本の有機合成の分野で受賞者が出るだろう。

 今後,マスコミが特集で日本人候補者一覧などを発表してくるだろう。ただ,世界的に見てノーベル賞の候補と話題になっている分野は実際にもらえる数に比べてはるかに多い。時々日本で聞く「黙って座っていれば誰かがわかってくれるはずだ」というような考え方では,難しいのではないだろうか。その分野の意義が世界に対してきちんと説明され,皆が納得しなければ,その分野が最終的に選ばれることはないであろう。

 これまでクロスカップリングの分野にノーベル賞がきて欲しいと,数年に渡って支援活動をしてきたが,ヨーロッパのコミュニティと日本人のノーベル賞に対する考え方にかなり開きがあることに気がついた。クロスカップリングの分野には,ノーベル賞に値する日本人研究者が10名程度はいると言われていたので,3人の枠全員が日本人になると期待していた。ヨーロッパで,「講演者が日本人,聴衆が外国人」というコンセプトで支援シンポジウムを毎年開催していたときに,「クロスカップリングでは3人とも日本人が受賞する可能性がある」と言うと,ヨーロッパの人の中に「そういうことはない」という意味のことを言う人たちがいた。複数以上のノーベル賞受賞者が出るときは,必ずヨーロッパの人やアメリカ人が中に入ってくるというのである。そこで過去のノーベル化学賞の受賞者を調べてみると,単独受賞は別として,複数以上が受賞している場合,すべてのケースでヨーロッパの人かアメリカ人がひとりは入っていた。古い時代,科学はヨーロッパやアメリカで進歩していたので当然だろうが,最近になってもたとえば,2008年に益川,小林,南部の3名の日本人がノーベル物理学賞を受賞したのは記憶に新しいが,南部先生の国籍はアメリカとなっている。H. C. Brown 先生が根岸先生と鈴木先生をノーベル賞に推薦していたことは有名である。そのBrown先生が根岸先生に国籍をアメリカに変えたらどうかと勧めていたという話も聞いた。Brown先生はもうおられないので,その意図を確認することはできないが,今から考えると上述のことを意識しておられたのであろうか。このような意識は日本人には全くなく,ヨーロッパでこのような意見を聞くと我々はびっくりする。我々日本人も自分たちの考え方だけで物事を進めていくのではなく,海外のいろいろな人の意見に耳を傾けて情報を収集しておいたほうがよいのではないだろうか。

 ノーベル賞の候補となる先生方は,ご自分の研究の内容や研究分野の意義を,日本だけでなく海外の研究者にもわかりやすく説明しておく必要があると思う。また周囲の研究者もそのような場を積極的に作って協力するのが望ましい。日本人研究者は他の日本人の研究者の支援をしたがらないという話もよく聞く。それぞれが研究業績を積み上げていった上で,候補となる研究者も周囲の研究者もきちんと対応していくと,また日本中が喜びで沸きあがる日が近づいてくるのであろう。そういう日がくるのが楽しみである。

(2011年6月20日受理)
ページ更新日
2011年10月25日