公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

つくりたいものを創る—師から学んだ,愉しみの先に—
太田 光昭


 昨夏,母校である東京工業大学において,2011 年度に新設された栄誉教授の称号を授与された,辻二郎先生をお祝いする研究室同窓会に参加した。先生からの返礼スピーチは,相も変わらずお元気に,ユーモアに溢れ,また,大変愉しそうなお話し振りで,私自身の有機合成化学研究への入門の原点を改めて想い起こすに至った。

 30 年程前に製薬企業に入社し,創薬化学研究に携わってきた私にとって,基礎となる有機合成化学研究のスタートは少し異質な環境下のことであった。

 1970 年代初頭からのドルショックやオイルショックによる世界的な混乱の真っ只中,大学入学式直後の応用化学関連入学者向けのオリエンテーションで,多くの先生方が,この分野での先行き不透明感や不安感を強調されていた。また,繊維化学や石油化学から,新奇なファインケミカルへの展開が図られようとしていた。

 私自身は,主に財政的事情と,中学時代から続けていた軟式テニスと化学の愉しみを後輩たちに伝えたいとの想いで,高校教師を目指していたが,テニス部先輩の勧めもあって,辻・山本研究室で卒業研究のご指導を仰ぐこととなった。学部講義とは異なる,高い次元の大学院講義も受講し,また,研究室ゼミでは事実の奥にある真実を探求する心を学び,有機合成化学の本当の愉しさに気付いた。講義の中で辻先生は,「教科書に載っていない,こんな反応やあんな反応で,こんな面白いものが創れる!」と,実に愉しそうにニコニコとお話され,初級者レベルの私は,特に,遷移金属触媒を用いたC-C 結合反応やオレフィンメタセシスに関する将来展望に期待し,ワクワクしていたことを今でも鮮明に憶えている。

 そして,もう少し有機合成化学を学びたいとの想いが募り,修士課程では,主に機能性高分子を探求する大河原信先生の研究室に受け入れて頂いた。ヘテロ原子の特性を活かした合成研究テーマを与えられたが,ゼミ等を通じて,高機能化合物の設計とその合成の有用性をご教示頂き,ファインケミカルの中でも低分子としての機能を最大限に発揮しうる創薬に興味を抱くに至った。

 企業に入社後も多くの上司,同僚から学ぶことができた。初めてのテーマリーダーを務めていて,最後はこれしかないと設計した化合物を創れずに諦めかけた際,「わかった。お前が出来ないというのなら仕方ない。世界中の誰もできないのだろう!」との言葉には発奮せざるを得なかった。また,創薬化学の最終関門である代謝物・分解物の合成は,自然界のなせる技としての難易度の高さに辟易としていたが,当局申請部門からの「期限内につくれないなら仕方ないですが・・・」との言葉に唖然としながらも,火事場の馬鹿力宜しく,何とか乗り切ることができると,逆に感謝する気持ちさえ芽生えた。

 後輩からも学んだ。ある者は,冊子体C.A. でピリジン誘導体検索を行うべきところ,ピラジン誘導体を引いてしまったことで,一転,新規・有用化合物合成をなした。また,当初の目的物ではないアミノ基置換ヘテロ環誘導体合成を精査していたら,諦めていた脱アミノ基ヘテロ環を合成できた。ともに,苦労の中でセレンディピティを引き寄せた,とても愉しい出来事だった。  趣きが変わるが,1990 年にペンシルバニア大学Amos B. Smith, III 研究室への留学チャンスを得た際には,日本と異なる体系での博士育成プログラムや自身の将来を信じる博士研究員の存在を間近に見ることができ,また,先生ご自身の口癖でもある「What is new, and what is next?」からは,常に鳥瞰しながら最善を尽くすことを学んだ。

 他の方々から学んだことも併せて,若手研究者やリクルート対象の学生さん達に,以下のメッセージを発信していた。感性の範疇に留まることは否めないが,有機合成化学研究者には共有できると感じているので,結びに。

 “つくりたいものを設計し,創り,有効性の有無を検証する”ことを,スパイラルの如く試行錯誤した結果が実を結んだ際の感動は,研究者冥利に尽きるものです。但し,目標達成に向けて努力すればゴールに辿り着くという保証は無く,創造性・意外性の観点からは,いわゆる第六感も大切で,そのためには余裕(遊び心)と運も必要です。その源泉は,チャレンジ精神と夢実現の向こうに有る愉しみだと信じています。


(2011 年10 月18 日受理)
ページ更新日
2012年4月23日