野依良治先生からのメッセージ

第34代(1997~1998) 野依 良治 (名古屋大学大学院理学研究科科長、教授)

野依良治先生

21世紀を化学に生きようとする若人諸君。有機合成化学協会は、知性と感性豊かなそして熱き血のみなぎる諸君を、心から歓迎します。

自然に存在する有用物質の種類は限られています。有機合成は、新しい反応やすぐれた触媒の発見を通して、多岐にわたるすぐれた物質を生み出し、また必要量を効果的に生産します。さらに最近では、複雑な生命現象の解明と制御にも有機合成は不可欠になってきました。学問としての有機合成化学は、多様な化学原理の集積であり、その美しさは長年にわたり私達を魅了しつづけ、さらに、さまざまなドラマを生んできました。また、現在のわが国の学術水準が国際的に極めて高く評価されていることも誇らしく思っています。今後有機合成が産業における実践技術として大きな力量を発揮するためには、エコケミストリー(Eco-Chemistry)の視点が不可欠です。単なる経済的効率にとどまらず、省資源、省エネルギー、循環性、安全性、環境調和性等を重視した「完全化学反応」ともいうべき高度に制御された化学プロセスを生み出さねばなりません。物質をつくる有機合成の可能性は無限です。

化学物質の功罪が世論を賑わせています。ここで最も重要なことは、58億の人口を抱える地球上に文明社会を維持することが、有機合成なしには不可能であるということです。対象は自然と社会全体におよび、目でみえる固体や液体の製品だけでなく、年間世界で62億トン発生する二酸化炭素を有用物質へ再生することも、ピコグラム(10-12g)オーダーで活性な脳機能制御物質を創り出すことも私達の課題です。ときとしてある種の人工物質が自然環境に対して好ましからざる影響をもたらすことは甚だ遺憾ですが、それは同時に化学物質の現代社会における必要性と力量の大きさの裏返しでもあります。指摘される問題点はその通りであり、化学者と産業界は責任をもって正面から対処せねばなりません。専門家または当事者として真っ当な活動をするとともに、世間に対しても説得力ある正論を展開しましょう。諸君とさらに後続の世代が豊かに生きるために、化学の研究と技術はいかにあるべきか、そして私達に何ができるか、一緒に真剣に考えてみようではありませんか。

世界はたえず変貌します。わが国の社会的背景、資源、エネルギー、食糧情勢は当然他国と異なります。大切なことは、グローバルな視点をもちながら自前のパラダイムを構築し、それを実現することによってのみ、十分な競争力と協調能力をもち得るということです。創立以来56年の歴史をもつ当協会は、わが国の学界と産業界がそれぞれの特徴を生かして共同作業する場でもあります。正会員5000名、学生会員860名、維持会員280社、団体会員4を擁し、月刊誌「有機合成化学協会誌」の発行、年2回の討論会や数多くの講演会、セミナー、講習会などの多彩な活動が繰り広げられています。より良い未来にむけての私達の役割は極めて大きいのです。皆さん、高い志と自信をもって人類全体の付託に応える活動をしようではありませんか。【1997年記】