イベント - 協会本部 –
2019年度 後期(秋季)有機合成化学講習会【開催報告】 終了しました
- 日時
- 2019年11月21日(木)~22日(金)【終了】
- 場所
- (公社)日本薬学会長井記念館長井記念ホール
- 主催
- 有機合成化学協会 / 共催:日本化学会、日本薬学会 / 協賛:日本農芸化学会
テーマ:「有機合成化学が切り拓く新しい世界-独創的アプローチの最前線-」
今回の講習会では、「有機合成化学が切り拓く新しい世界-独創的アプローチの最前線-」と題し、分子性ナノ空間での高分子合成、データ駆動型化学、疾患関連タンパク質のケミカルノックダウン、不活性結合の触媒的変換、生細胞の機能解析手法、細胞内核酸イメージング、生合成遺伝子による天然物生産と誘導体展開など、多岐に渡る領域でご活躍されておられる10名の先生方を産学からお招きしました。
開催報告
1日目
植村卓史先生(東大院)による「MOFのナノ空間内での新しい高分子化学」で講習会が始まりました。金属イオンと有機配位子からなる多孔性金属錯体(MOF)を重合反応場として用いた高分子精密合成と構造制御について分かりやすくご講演いただきました。ナノ空間の構造や性質を自在に操り、常識を覆すような高分子材料を次々に合成しておられ、非常に面白い内容でした。受講者からも新規高分子の性質・反応性について様々な質問が寄せられ、関心の高さが伺えました。
コーヒーブレイクを挟み、船津公人先生(東大院)から「我が国のデータ駆動型化学の黎明から現在まで」と題して、データ駆動型化学の基礎的事項と輝度向上性フィルム設計への活用事例について分かりやすく解説いただきました。今後、データ駆動型化学によって化学の研究スタイルが大きく変わり、この流れは変えられないとのコメントが印象的でした。有機合成化学者としてどのようにデータと付き合っていき、実験に活かしていくべきなのか考えさせられる内容でした。
1日目の講習会終了後、会場隣のロビーにてミキサー&イブニングセッションが行われました。2日目にご登壇される先生方も含めて講師の先生方にご参加いただき、多数の受講者も参加されておりました。軽くお酒を入れながらの和気藹々とした雰囲気で、先生方との講演内容に関するディスカッション、参加者同士の情報交換や人脈形成の時間として大いに盛り上がりました。
二日目
2日目最初の講演は、鳶巣守先生(阪大院)による「不活性結合の触媒的変換」で始まりました。「新しい分子の創製」のため、「切れにくい」結合に着目した反応開発の成果を多くご紹介いただきました。Rh/有機ケイ素によるC-CN結合の触媒的開裂反応、Ni触媒による脱カルボニル化反応、C-Si、C-P結合の開裂によるヘテロ環合成反応、更に触媒開発の詳細や、ポリマー担持型触媒による反応場の解釈など、反応開発の醍醐味を感じられる発表でした。頭の中で普段の化合物合成のどこに使えるかをイメージしながら講習を受けられた方も多かったと思います。
続いて、木下晶博先生(小野薬品工業㈱)による「新規低活動膀胱治療薬を志向したプロスタグランジンE2受容型デュアル作動薬(ONO-8055)の創製」にて、初期合成による開発品の創出と、開発品のキロスケール合成までのプロセス開発の発表がありました。本来代謝に不安定なプロスタグランジンの経口剤開発を行うため、官能基変換により動態改善をした経緯や、作動活性のバランスをとりながらの構造変換など、非常に開発の難易度が高かったことが伺えました。また、自ら初期スケールアップを実施されたご経験から、プロセスの安全確保の難しさとこれを解決する合成化学者の役割についてもお話しいただきました。今回唯一の創薬演題でありましたが、多くの製薬企業からの参加者にとって、非常に有意義な講演であったと思います。
午後最初の演題は、闐闐孝介先生(理化学研究所)による「生細胞で機能する化学プローブ・化学的解析手法の開発」のご講演でした。化合物の細胞内局在を明らかにするため、これまで蛍光イメージングのため大きな蛍光団導入が必要で、これにより本来の活性が反映されないケースが課題であったところ、より小さい官能基で検出できるラマン散乱を利用することでこの課題を解決された例を紹介いただきました。この検出タグとしてアルキンタグの有効性、また将来の創薬開発への利用を視野に入れた重水素鎖の有用性が示され、実例も多く紹介いただきました。また、標的タンパクの同定に有用な新規蛍光アフィニティーラべリングについての研究については、O-NBDユニットを有すプローブの分子設計、Viotin-Avidinモデルによる検証実験の結果、及び生体内ミトコンドリアの膜タンパクでの蛍光標識実現まで、開発ストーリーを丁寧にご紹介いただきました。
続き、岡本晃光先生(東大先端技術研究センター)による「細胞内核酸の振る舞いを照らし出す人口核酸の合成と反応」のご講演がありました。誰でも一度は聞いたことのある「DNAのメチル化」について、メチル化箇所、検出法についての基礎から、標的DNA, RNAの検出プローブ開発について講義いただきました。1細胞レベルという非常に高い感度でMe化を検出できるICONプローブについては、Osの反応をDNA鎖のミスマッチによる反応性の高さと絶妙に組み合わせ、細胞内反応をコントロールするという精度の高い設計とその成果についてご紹介いただきました。またリアルタイムでRNAをイメージングできるECHOプローブについては、目的や環境に合わせたプローブ設計、生体内での機能発現についての実例を紹介いただきました。本講演で紹介いただいた研究は、日本のエピジェネティクス研究に大きく影響を与え、病態解明や創薬につながる壮大な研究であると感じました。
本講習会、最後のご講演は、新家一男先生(産総研)による「生合成遺伝子を応用した天然化合物生産および誘導体展開技術」でした。内在性遺伝子をノックアウトすることで、導入遺伝子にコードされた化合物だけを高純度で生産する技術開発、さらに部分構造をコードするモジュールを組み合わせ、遺伝子上で構造変換を実現する技術の素晴らしい成果をご紹介いただきました。今の合成化学的手法で難しい構造変換を本手法で実現している例もありました。遺伝子改変の技術により自由な分子設計とその生合成が可能となるという夢のような技術が、既に実現できていることを実感することができました。
今回の講習会は、分野の多様性に重点を置き、有機合成化学を基礎にした幅広い分野の先生方をお招きしました。本講習会の目的の1つでもある有機合成を通した視野拡大につながる演題であったと思います。参加者の多くは普段合成検討に携わっており、必ずしもすべてのご講演の内容を研究に適応することは難しいと思いますが、本講演を聞いてご自身の研究の目的や意義を見直し、様々なアプローチを考えるきっかけになることを期待しています。
ご講演を快諾していただいた先生方、業務を調整し出席いただいた参加者の皆さま、当日お手伝いをいただいた学生の皆さまに深謝いたしますとともに、今後もより良い講習会としていくためにご指導・ご意見をいただきますようお願い申し上げます。
2019年度事業委員会委員
第一三共:戸田 成洋、中外製薬:本間 晶江
講習会会場、展示の様子